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第14話
期末テストが終わると夏休みである。
来年は受験なので、今年から夏季講習に行く生徒も多そうだ。リュートには必要ないのだが、勉強はいつもどおりきちんと取り組もうと思う。
鼻歌でも歌いだそうかという程に、機嫌が良かった。
近頃……少し前に妖退治に行った後くらいからだろうか。ティルがこまめに、自分のことを友達だと言ってくれるのだ。これまでも折に触れて伝えてくれていたが、しっかりと、躊躇わずに、友達だしな、と笑ってくれるのだ。
嬉しかった。友達であると口にしてもらえることが。自分が、ティルの友達でいられることが。
本当に嬉しくて、何度彼にキスを渡したかわからない。嬉しい、と笑って見せると、以前は少し躊躇ってから、ありがとうと言っていたティルが、最近は躊躇いなく、すっとリュートの頭を撫でて、俺も嬉しいよ、とキスを返してくれる。それが温かくて、これ以上ないほど幸せで。今日もそれでご機嫌なのである。
一緒に帰りたいな、と思いながら学生鞄に教科書を詰めていると、すっと隣にティルが立っていた。俺、口に出してたっけ?と思いつつ席から見上げると、今日も優しく笑って、ティルは言った。
「帰るか」
「うん」
生徒玄関から外に出ると、すっかり夏の熱気を孕んだ空気が二人を包む。陽射しは焦げ付くように熱く、一瞬外に出ただけでじわりと汗が滲む。
「あっちーな」
「本当だね。どうする?」
「図書館にでも避難すっか?それか珈琲屋か。勉強しながら冷えたコーヒー飲みてぇ」
「じゃあ珈琲屋ね。俺はアールグレイのティーラテかなぁ」
やや速足でグラウンドから門を潜る。珈琲屋までは歩いて十五分ほどだが、この短い距離が今はとにかく堪える。歩きながらも水分が手放せない。
「お前の飲んでるそれ、何か変わった匂いだな」
「うん、庭で取れたハーブを母さんがお茶にしてくれるんだ」
「いや、五聖家の夫人が庭仕事はあんまりしないんじゃないか?」
「そう?でも母さん、イングリッシュガーデン作って楽しそうだよ」
「お前の家がおかしいんだと俺は思う」
ふと、ノイズシュタイン邸を思い出す。使用人が何人もいて、家のことはその人たちの仕事。全員が誇りを持って取り組んでいたような気がする。
対してアルトフェルトは、屋敷の規模こそノイズシュタイン邸と同じくらいだが、その巨大な邸宅を管理しているのは母だ。掃除も大変だろうに、もう慣れたと言って笑っている。力仕事を代われるようになってからはリュートも手伝っているが……でもうちは、俺のせいであまり外部の人を入れたがらないしな、とリュートは思った。
珈琲屋に到着して、冷房の空気を体いっぱいに浴びる。涼しい、とぽつりとこぼすと、ティルも大きく頷いた。カウンターで注文して、長居しても怒られないように端っこの奥まった席を選ぶ。カウンターからは覗き込まないと見えない位置。平日の昼間だからか人も少ない店内で、二人は椅子に座って一先ず熱気を逃がす。本当に暑かった。もう外に出たくない。
カウンターから二人の注文ができたと告げる声がする。
「俺、取ってくるわ」
「ありがとう」
ティルが立ち上がって、飲み物を取りに行く。その背中を眺めて、あの人が俺の友達なんだ、と誇らしげに内心で呟く。
戻ってきたティルが、リュートの前にアールグレイのティーラテを置いてくれる。そして彼の分も机に置いて、トレーは戻しに行く。再び戻ってきて、どかっと椅子に腰かけると。アイスコーヒーを一口飲んだ。喉仏が飲む動作に合わせて上下する。あれ、俺は何を見ているんだろう。何となく恥ずかしくなって、自分のアールグレイのティーラテに口をつける。
「俺らももう二年かぁ」
ティルが言う。そう。高校生生活も折り返し。三年生の間は実質受験で忙しくなるので、学生らしく過ごせるのは今年が最後だろう。
入学したばかりの頃は、高校生活なんて早く終わればいいのにと荒んだことを考えていたが、今はもっと続いて欲しいと願っている。それは、ティルともっとたくさんの景色が見たいと思っているから。
「お前、大学受験決めてんの?」
「一応。というか、先生からここ受験してくれ頼むからって懇願されてる」
「どこだよ」
「央都大学の法学部」
「ああ……成程な」
リュートたちの通う高校は、地域では一番の進学校ではあるのだが、ここ数年は国で一番成績優秀な生徒が集まる央都大に進学した生徒はいない。高校における進学先はステータスでもあるので、リュートが先生方から央都大に進学してくれと頼むのはおかしなことではない。一応本人の希望とも合致しているので、無理矢理ではないし。
「ティルは?」
「俺か?親父から留学勧められててな」
「え?」
ティーラテを落としかけて、慌てて指先に力を込める。留学?ティルが?いなく、なる?
さっきまであんなに暑かったのに、一転して身体が冷えていく。ぶるっと身を震わせ、そっとティーラテのカップを机に戻す。
「どうした、リュート」
「……ごめん、何でもない。大丈夫だから」
「嘘つくなよ、顔面真っ青だぞ」
「……」
「俺はいなくならないから。勧められてるだけで受けるなんて言ってねーし、商学部のある大学選ぼうと思ってるって話を、しようとしてたんだよ」
ティルがリュートの手を包む。指先まで凍り付いたのかと思う程に冷えた手。ティルの熱の籠もった手の平が、じんわりと溶かしていく。
「悪いな、驚かせて」
「違う、俺が悪いんだ、勝手に勘違いして、その」
「リュート」
ちら、と周囲に視線を走らせたティルが、そっとリュートの頬に唇を寄せた。きょとん、と受け止めると、穏やかに微笑んだティルが言った。
「大学行っても、ずっと友達だろ?」
心にかかった靄が晴れていく。高校だけでなく、大学まで?本当に?ティルがどこに進学するかはわからないけれど、それでもずっと、友達でいてくれる?
身体に血が通う感覚。一瞬本当に自分が死の淵にいたような気すらもする。それをいつだって、ティルが引き上げてくれる。本当にありがたい。俺はティルのことが本当に――
「大好き」
「――は?」
ティルが固まる。握った手が小さく震えている。
「リュ……リュート、それは」
「うん。こんな友達を持てて、俺は幸せ者だなって」
「だよなあああああ!わかってたよ!」
「ティル?」
リュートの手から自分の手を離して、ティルは頭を抱える。どうしてしまったのだろう。アールグレイのティーラテにもう一度手を伸ばして、不思議そうに彼のことを見返した。
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