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第15話
夕方までリュートに勉強に付き合ってもらった。彼はやはり優秀で、正直教師よりもよほど教え方が上手だ。教員になれば?と言ったのだが、リュートは、「人を導けるような人間じゃないから」と曖昧に笑っていた。
総じて、リュートと言う人間は謙虚というか、抑制された人間だ。感情の発露もほとんどないし、主義主張を強く並べ立てることもない。かと言って流されるわけでもなく、本当に譲れない一線は必ず守り抜く胆力はある。にも拘らず、本人の自己評価の低さのために、どこか弱々しく見えてしまう。本当は誰の助けもいらない程、強い人間なのに。
そんなリュートを守れと主神に託された訳だが、主神の置き土産なのか何なのか、リュートの心に張った根が見えるようになっていた。何だこれ!?と驚くのは驚いたのだが、問題はそこではない。丸いガラス玉のようなリュートの心。その表面にびっちりと黒い根が張っていた。ガラスの表面は後少ししか見えない。
(これは……ヤバイんじゃねーのか?)
そう思ってこれまでのことを思い出すと、リュートは確かに友達と言う言葉に酷く揺れていた。友達という言葉が揺らぐ度、根が侵食していたからなのだと今更知る。そりゃあ主神も慌ててティルの夢枕に立つはずである。
見えるようになってからは、リュートが安心するように努めた。こまめに友達であることを伝え、大丈夫だと伝える地道な作業。しかしそれが功を奏し、根の侵食が止まるだけでなく、後退していったのだ。やはりリュートは強い。そんな悪しきものに負けるような柔な心の持ち主ではないのだ。打ち込まれた楔のせいで、友達を起点として揺らぎやすいだけで。
珈琲屋でのことは……正直焦った。留学に行く、ティルがいなくなるかもしれないという可能性を示しただけで、みるみる根が侵食していった。手を取り、頬に唇を寄せ、安心を繰り返し保証する。そうして落ち着かせ、根の侵食を止める。
(ジリ貧なんじゃねーの、これ)
主神はティルが安心させ続ければいいと簡単に言うが、リュートと人生を共にするような関係になるかさどうかも未定だ。いつまでも助けられるわけではないと考えておくほうが無難。ということは、楔を打ち込んだ怨霊を探し出すことが最優先。
ただリュートは自分が何故妖退治をしているのかを知らない。彼にそれを伝えると言うことは、リュートが楔を打ち込まれていることを自覚すること。自覚して、事態が好転するのならいいのだが、逆に意識してしまって根の侵食が進むと言う可能性もある。それもあって主神は、リュートから妖退治の目的を尋ねられてもはぐらかしているのだろうから。
(つーことは頼みの綱はセラか。今度あいつ捕まえて話すか……にしても、生徒会室でその話をするってわけにもいかねーし、あいつの教室に行って直接話すか)
地域で一番大きな神社の巫女であるセラの元には、恐らくこの地域に関する古い文献が多数あるはずだ。その辺りを紐解いていけば、怨霊に近付けるかもしれない。しかし相手はリュートが抜け殻になるのを待てる程、気の長い、狡猾な怨霊だ。下手に近付き過ぎるのも良くない。調査するときは万全の注意を払ってやるようにセラに言っておかないといけない。危険に近付くときは必ずティルに相談しろとも。
「……どうしたの?ずっと黙ってる」
「ん?ああ、悪ぃ。ちとぼーっとしてた」
そうだった。今はリュートとの帰り道。ふと彼の顔を見ると、大好き、と告げられたときの顔を思い出して、気が狂いそうになる。その大好きが、恋ならよかったのに。
「そういやよ」
「ん?」
話題を変えようと、ティルはリュートに言った。
「お前、前に花壇の花に傘さしてまわってたことなかったか?」
「……そうだね、そんなこともしたかな。よく知ってるね。あの日休日だったでしょ?」
「家の車で通りかかってな」
「そっか」
「……何でそんなことしてたんだ?」
長らく本人に聞いてみたかったこと。彼の見ているものを知りたくて。
リュートはええ?何でって、と少し困ったように笑ってから、言った。
「あの日本当に雨が酷かったから……家からありったけの傘を持って行ったんだよね」
「おう」
「あの花、俺の席からよく見えたんだ。何かずっと見てたら愛着湧いちゃって。枯れて欲しくなかったんだ」
「……そっか」
あれは一年の頃の話だから、そのときはまだ友達らしいものもいなかったはずだ。生徒会長も着任したてでよくわからなかっただろうし。その孤独を、花に埋めてもらっていたのだろうか。
「雨が落ち着くまでいたからさ。すっかりずぶ濡れで風邪ひいちゃって。母さんに怒られたよ」
「だろうな。俺だって怒るわそんなもん」
「母さんが大事にしてた傘も泥塗れにしたって、すっごい怒られてさ」
「……大変だったな」
「ちょっとね」
そんなこともあったなぁ、とリュートが笑う。そうして笑っている分には、命の危機が差し迫っているようには見えない。リュートの元々の心の強さが抑えている部分と、楔を打ち込まれたせいで弱ってしまった部分とが拮抗している。それを一刻も早く何とかしたい。助けたい。そして――何もなくなったとき、今度こそ、リュートに伝えなければいけないことが、ある。
「夏休み入ったら、お前どうする?」
「家で宿題してると思うけど」
「一緒に遊びに行こうぜ。折角だし、海行こうぜ、海。うちのプライベートビーチ連れていくし」
「ティルの家そんなものあるの?すごいね」
目をきらきらと輝かせて、リュートが楽しみだね、と言う。ティルは、優しくその頭を撫でた。
夏休みが始まって数日。たんまり積まれた宿題を見て、宿題のスケジュールを立てる。結構時間かかりそうだなと思いながら、リュートは自室の机の上に置かれたカレンダーを見る。一週間後。丸のついた日。
「海……」
緩む頬を我慢することができない。だってティルと海に行くのだ。楽しみに決まっている。
当然のように水着も持っていないし、海に入る状態ではなかったので、昨日、ティルと買い出しに行った。あれこれと買い込んで、準備しとけよ、と言われつつ解散した。
家に着いて、直ぐに荷造りした。少し大きめのビニールバッグに、身体を拭くタオル数枚と、着替え、ゴーグル、その他諸々を押し込む。その成果は、リュートのベッドサイドに置かれている。
「海かぁ……」
何をして遊ぶのだろうか。遠泳とか?ティルは色々準備しておくから、構えずに来てくれればと言っていたが。ああ、どうするんだろう。
「二人で、かぁ……友達っていいな」
ああいけない。宿題をしようと思っていたのだった。無理矢理海のことを思考から追い払って、一番上に置いてあった積んであった問題集に手を伸ばした。
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