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第20話

自分は死ぬのだろうなと、リュートは思った。 ティルは、花火大会の夜以降、リュートの側にずっと寄り添った。夏休みの間、毎日アルトフェルト邸に赴き、リュートの部屋で宿題をしたり、話をしたりして過ごした。痛ましいものを見る顔が申し訳なくて、リュートは努めて明るく振舞ったが、あまり上手くできた気はしない。 ある日、母とティルが玄関先で話しているのを立ち聞きした。リュートがすっかり参っている、食事も摂らない、夜も物音がして寝た様子がない、心配で堪らない、何か知らないか、と泣いていた。ティルは、眉を下げて、俺も心配しているんです、と言っていた。ただ、心が痛んだ。 こうなる頃には流石に察する。自分が何者かの攻撃に晒されていることを。ベッドの中で眠れずに天井を眺めながら、ふと目を閉じる。暗い世界に佇むリュートの背後に、誰かが、いる。夢と現の間。リュートは戦錫杖を呼んで円環の付いた先端を瞬息で振り抜く。そいつが逃げる。少し距離を感じて、リュートはそっと錫杖を消す。 ぽつん、と暗闇に佇んで、光が欲しいと願う。 「……ティル」 零した名前は、いつもの名前で。そうすると、一筋の光がリュートに向かって差し込む。 それを見て、思う。彼は知っていたのだろう。でなければ、突然友達であることを繰り返し保証したり、リュートが求めていることを――狙ったように当ててこない。ここに至るまでそれに気付かないなんて、何て馬鹿だったのだろうと、自嘲気味に笑う。 自分の身に何が起こっているのか、正確にはわからない。だが、自分が何かに狙われていて、もうすぐ死ぬのだと言うことは、わかる。 「――主神様」 リュートが暗闇の中でそう言うと、ぼうっと白い影が浮かんだ。 そいつは酷く悲しそうな顔をして、リュートの頬に手を伸ばす。 「愛し子よ、気付いてしまったのですね」 神でも泣くのだろうか。声が震えている。リュートは薄っすらと微笑んだ。 「そのようです」 「ここまで我々も手を尽くしたのに……」 「生かそうと神の力を行使することはないのですね」 「それは因果律に強く制限されていますから……人の生き死には、最も強く」 「そうですか」 それを、残念だとか、神の癖にと罵る気にはならなかった。神にだって事情がある。それに、神に何とかしてもらおうとも思わない。ただ、静かにその日を迎えたい。 「リュート、君は諦めるのですか?」 「……どうでしょう。諦めると言うよりも、自分の内側に灯る火の弱さに、気付いてしまったので」 「……」 「もう一度火を起こそうにも、雲が厚すぎる」 出来るなら諦めたくない。一体誰が、若い身空で主神の御許に還りたいと思うだろうか。未練だらけなのだ。ノアのこともある。両親だってどれだけ悲しむかわからない。 それに、ティルのことだって。言いたいことはまだ、何も言えていない。 それでも、どうにもならないこともわかってしまっていて。もう、どうしようもない。後は自分の心が砕け散るだけで、終わる。 「後の時間は、ティルと過ごしたいと思います」 「……そうですか」 「妖退治、最後まで成し遂げられず、申し訳ありません」 「いえ……愛し子一人守れぬ情けない神で、私こそ申し訳ない」 「国民が崇める主神様が、頭を下げてはいけません。俺のことはいいので」 リュートは、そう言って殊更に明るく笑う。自分の最期のことで、これ以上誰かを悲しませたくない。 そして――砕け散るまで、せめて少しだけでも抗おう。それでも駄目なら、ティルを最期に見たものにしたい。彼はそれを許してくれるだろうか。 (……ティルを、心配させたくないから) この身が続く限り、ただ、普段どおりに。 そして、二学期。 ひと月後の学園祭の準備で学校中が騒がしくなる中、リュートとティルは生徒会室にいた。 「俺、学園祭での挨拶が、生徒会長としての最後の仕事なんだ」 「そうなんか。やっと解放されるな」 そうだね、とリュートは穏やかな笑みを浮かべた。ティルがそれを見てまた泣きそうな顔をしているのが、本当に申し訳なくて……本人は隠しているつもりなのだろうが、できる限りその心を守りたいと思う。 「嫌な仕事だと思っていたわけじゃないから……このリボンタイも愛着湧いてきたし」 そ、と自分の首元に触れる。結び目の固さに人差し指で触れ、ね?と笑う。 「何で生徒会長がリボンタイなんだろうな」 努めていつもどおりに振舞うティル。付き合ってあげなきゃな、と考えた瞬間―― すとん、と目の前に暗幕がかかる。ああ、またか。背後にそいつの気配。黒く、丸い球が浮いている。瞬間的に戦錫杖を背後に向かって振るって、払い除ける。だが、今日は立ち去らない。堕とす気なのだ。リュートから少し距離を取ったそいつが、じりじりとリ距離を詰める。眉間を寄せて、ぐっと戦錫杖を握る。 「リュート!」 ティルの声だ。またいつものように光が差し込む。だが、細く、弱い。目の前のこいつが光を遮っている。だが、唇に、温かい感触。ティルだ。そこにいる。俺は一人じゃない。 引いた左足に力を入れて、ぐっと地面を踏み抜く。素早く跳躍した身体の勢いはそのままに、リュートは戦錫杖を横に構えて石突を突き出した。しゃん!と強く円環が鳴る。ふらりとよろめいたようみ見える球体を、戦錫杖を振って壁に叩きつける。 円環には、破邪の意味も込められていると、主神は語った。それを鳴らすことにも意味があるのだと。だからなのか、壁にぶつかったのがいけなかったのか、そいつはふっと消えた。消えたと同時に、ティルの声で開いた細い光が、すっと広がって、リュートを元の居場所に帰してくれる。 ――ふっと目を開くと、もう本当に泣くんだろうな、というくらい顔をくしゃっとさせたティルが目の前にいた。 「ティル」 安心して欲しくて、弱い声で名前を呼ぶ。心の内での戦いは、酷く消耗するから。小さく微笑んで、手を伸ばす。ティルの少し硬い髪の毛を、まるで猫を撫でるように、触れる。 「俺は、ここにいるよ」 「ああ……ああ。いてくれ、頼むから……!」 ティルがリュートの肩に頭を置いて、静かに肩を震わせる。ああ、離れがたいな、とリュートはティルの髪を、撫で続けた。

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