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第22話*
学園祭が終わって数週間。秋は行事が多い。次は体育系の行事で、強歩大会が行われる。ただ長い距離を散歩するだけの大会で、特に順位付けはされない。結構景色のいい所を延々歩いたりするので、リュートは個人的に結構気に入っている行事だったりする。
一週間後に控えたその行事の説明を教師がしているのをぼんやり聞きながら、夏休みから学園祭までのどたばたを思い出す。
本当に死ぬんだと思った。諦めたくないが、どうしようもないとも思っていた。花火大会の夜、自分の意識がすとんと穴に落ちて、何とか這い上がれたとき、自分の運命を悟った。
だが、ティルがいてくれた。
ずっと声をかけてくれた。本当に崖っぷちで、実際に落ちてしまって、穴の底でそいつとジリ貧の戦いを繰り広げていたときも、諦めずに――告白、してくれた。
頬に熱が集まる。未だに思い出すと嬉しさと気恥ずかしさでどうにかなりそうだ。教師の声を鎮静剤に、何とか気持ちを落ち着ける。
後から、ティルが色々動いていたことを聞いた。怨霊の正体をセラと探り当てたことも、聞いた。今
次に問い詰めたのは主神。夢の中で呼びつけて、どういうことですか、と。主神の話は、以前聞いたことが殆どだったが、怨霊と告げていた敵の正体が原初の悪だということについては、色々と補足してくれた。
戦いになったら、戦うより先に封じることを考えて欲しいと言われた。主神を降ろし、ティルが姫神を降ろせばそれも可能だと。
だが、それでは心に打たれた楔の問題が解決しない。リュートは今の所、原初の悪は倒す心づもりでいる。相手の封印状況がどのような形になっているのかを確認して、対策を練る。
だって、もう死ぬわけにはいかないから。
(……ティル)
そう。ティルがいる。やっと結ばれたのにまた引き離されるなんてたまったものではない。
リュートと付き合うことになってから、ティルは一切の遠慮をやめた。どこか苛烈にも思える各種愛情表現の数々は、リュートの理性も、身体も、ぐずぐずに溶かすもので。ああ、だめ。また顔が熱くなってきた。
なおまだ最後まではしていない。してもいいのに、とリュートが言ったら、まだ高校生だから、と至ってまともな回答が返ってきた。彼はそういう所、本当に律儀なのだ。だが食らったお預けが溜まって辛いのも事実で。そのうち俺から押し倒すんじゃなかろうかとリュートは思っている。
「そういうわけだから、当日は列を乱さず、整然と大会に臨むように」
どういうわけだろう、何も聞いてなかった。まあいいか、と思いながら、リュートは終業の鐘の音を聞いた。
「帰ろうぜ」
帰り支度をしていると、当然のようにティルが横に立っていた。ふにゃっと笑って、うん、と頷く。ティルが口角をひく、と動かすのを見て、あ、キスしたいって思ったんだなと経験則から悟る。
「だめだよ」
そうやんわりと諫めると、眉を顰めてティルは言った。
「お前が可愛いのが悪い」
「俺のせいなの?」
ふふ、と笑って、席を立つ。クラス中の視線を感じつつももう何も思わない。だって最愛の人といることの、何がいけないの?そうやってじろじろ見る自分たちだって、彼女に覆いかぶさったりするでしょ?
それと、何も変わらない。皆同じ穴の狢。
(まあでも俺の場合はティルが最後の最後を取り上げるし、悶々としてるけどね)
ティルの横顔を窺う。涼しい顔をしているように見えるが、多分頭の中は今日この後どう過ごすのかを考えているんだろうなと思う。ティルとなら、その辺に咲いてる花をしゃがんで見るだけでも全然いいのだけど、彼はそういう所妙に乙女だから、恋人と過ごす時間をとにかく特別にしたがる。
「今日、お前どうしたいんだ?」
思いつかなかったんだな、と思いながら、リュートは少し考える。
「宿題したいな。図書館でもいいし、どこでもいいけど。今日数学も英語も課題出てるでしょ?」
「あー……そういやそうだな。妙に量も多かったし、片付けといた方がいいか」
とんとんと中央階段を下りて、下駄箱に。最近露骨にティルといるからか、下駄箱のお手紙がごそっとなくなった。後は家にある分を、セラの神社に持って行ってお焚き上げしてもらうだけである。
靴を履き替えて、外に出る。すっかり秋めいた空気が、ブレザー越しに刺さる。明日から内側にニットベスト着ないとな、と思いながら、リュートはティルの手を握る。
「で?どこで宿題する?」
「図書館。ティルの家行っちゃうと」
「……そだな。俺も我慢できる気がしねぇ」
もうお互い、室内で二人きりになった途端何が起こるのか理解している。宿題が多いのは事実なので、そうなる前に終わらせないといけない。
図書館に入る。比較的空いているフロアを選んで、横並びに座って二人で宿題を広げる。課題の範囲が難しいという話ではなくて、ただ単に多いのが面倒なのだ。しかも書く量も多いし。
黙々と問題を解き進めていると、ティルから、なあ、と声ががかる。
「何?」
「英語のここの長文、どう読み進めたらいいんだ?」
「えっと、これは」
具体的に説明して、ティルも成程、と納得したようだった。ちら、と彼の解いているノートを見ると、ほとんど合っているが、たまに間違えている感じだ。その辺りの詰めの甘さが、学年二位という成績に出てるのだろうなとリュートは思う。それでも努力家なのは事実だし、この成績ならどの大学だって選べる。
(できれば、一緒に)
そう思っているが、まだ言い出せていない。ティルはノイズシュタイン商会の跡取りだから、親の指定する進路もあるだろう。仮にどこの大学に行こうが、ティルとの関係が終わると思っていない。それでも、もう少し一緒にいたいと思うのも事実で。
(大学かぁ)
あと一年高校生活が残っているが、それでももうすぐ考えなくてはいけないこと。早いうちにティルとそういう話がしたいな、と、リュートは思った。
早々に解き終えて、んー、と背伸びをする。ティルの方を見るともう少しかかりそうだったので、暇つぶしにこのフロアにある本を見に行く。法律分野の本が置かれていた。興味が無いわけではないのだが、取り敢えず一冊取り出して、ぱらぱらと捲ってみる。法律用語の説明書のようだった。なるほど、これなら俺でもわかりそう。
人の少ないフロアだからか、静かすぎて耳が痛い。そんな中で手に取った本を立ち読みする。そうして暫くしていると、
「おい」
と、声がして、腰を引き寄せられた。ぱたん、と本を閉じて、見上げる。
「ティル」
「その本どこにあったんだ?戻してやるから」
「そこ」
リュートが指さした場所に、ティルが本を戻す。腰を引き寄せたまま離す気配がないので、リュートは小さな声で言った。
「ここ、図書館」
「だな。でも誰もいねぇし」
「監視カメラ回ってるでしょ」
「……お前そういうとこ、滅茶苦茶理性的だよな」
渋々、ティルが腕を解く。ごめんね、と言うと、ティルは首を横に振った。リュートは回された腕にそっと手を重ねて、
「そういうの、安心できる場所でしたい」
「青姦とかスリル求める方じゃないってことか?」
「してる最中にふと冷静になって盛り上がれない」
「なるほど」
俺たちは何の会話をしているんだろうと、内心呆れるやらではあるのだが、裏腹に期待して熱を持っているものもある。ティルの顔を見上げて、リュートは言った。
「どっちの家行く?」
「俺んちでいいだろ。使用人以外ほぼ人いないし……お前んちは、なんつーか。お袋さんや猫がな……」
アルトフェルト邸だって、決して狭い家ではない。だが、リュートの部屋の位置が、下の階の互いの部屋の音が聞こえてしまう位置なのが、まあ言われれば確かに落ち着かない。それに、ノアが。リュートが部屋にいるとわかると、扉をかりかりと爪で研ぎながら、にゃおーんと寂しげに鳴くのだ。
「非常にアットホームでいい環境だと思うんだが、そういうのには向いてねぇ」
「そうかもね。俺も母さんに聞かれるのは、気まずいかな」
「気まずいどころじゃねーだろ」
「それもそうだね」
言いながら、二人で図書館を出る。ティルの家まで少し歩いて、見えてくるのはノイズシュタイン邸。二人で手を繋いだまま門を潜り、玄関へ。出迎えてくれた使用人も手を繋いだ様子に何も言わず、心得たように、暫く二階には人をやりませんので、と言ってきた。
二人で階段を上りながら、
「ああやって察されてるのは、ティルは気にならないの?」
「いざとなれば空気になれるのが使用人だしな。あんまり気にしたことねーや」
「俺はちょっと恥ずかしかったかも」
「慣れろ。暫くうちがラブホ代わりだ」
「……自分ちのことラブホって言うの、どうなの?」
呆れながら言うと、ぴた、と二階の廊下で立ち止まって、ティルが頬にキスをする。
「お前を抱く場所の名前なんて、何でもいいんだよ」
そういうこと、本当にさらっと言う。リュートは頬を朱に染めて、ぎゅっと手を握り返す。
ティルの部屋の扉を開けて、閉めて――鍵までかけて。ずんずんと手を引っ張られながら連れていかれた行先は当然のようにベッドで。もう待つのも嫌なのだと言わんばかりにブレザーを床に放り捨て、ネクタイを緩めて、ティルがリュートを押し倒す。
「早いよ。俺ブレザー脱いでない」
「後で脱がすから。させろ」
「もう」
こういう所を見ると、友達期間にどれだけ我慢させたんだろうなと思う。そして、よく耐えきったなとも。あの頃の自分は、あまりにも無邪気にティルの理性の上でタップダンスを踊っていた。
唇が重なる。何度もリップ音を立てて繰り返して、差し出した舌をティルの舌が絡め取る。ふ、ぅ……と熱っぽい息を隙間から吐いたら、彼が隙間を埋めるように深く重ねてくる。ああ、息ができない。できなくていい。このまま溺れたい。沈みたい。
舌が口内を撫でまわす間に、ワイシャツの上から脇腹を撫でられる。ぞわっとしたと思ったらじんわりと熱に変わって、もっと触れて、と舌でティルに訴える。
伝わったのか、脇腹から臍の下へ――すっと掠めた手の平の感触。もう限界まで膨れてしまって、だらりと堪え性もなく先走りを垂らす気配。
濡れた唇を離す。ティルがリュートを見て、どこか意地悪く笑った。俺は今どんな顔をしているんだろう。どうしようもなくぐずぐずなんだろうな、と、熱で浮いた頭で考える。
「どうして欲しい?」
何でそんなことを聞くの。小さく身を捩る。だめ、焦らされた期待で頭がおかしくなる。
彼の指先が、そこの先の方をつーっとなぞっていく。身体もそいつも、正直に自身を揺らして主張する。
「……やめないで」
「やめないよ、お前可愛いから。もっと見たい」
そっとティルの手が離れて、臍の下から腰あたりを再び撫で回しながら、そのままリュートの耳を食む。耳元でする水音が、触れられた場所に響く。ぐっとそこに力が入って、余計に血が通って、もう何も誤魔化せないくらい昂っていることをティルに伝える。手を伸ばして、探り当てたティルのそこに触れる。指先ですっと撫でると、リュートと同じように揺れた。
「煽んな」
耳に直接放り込まれたティルの言葉が、リュートの内側に火を入れる。ああ、もう駄目かも。
「――触って……して」
「言われなくても」
ベルトを引き抜く感覚に、どうしようもなくそれを待ちかねて、リュートは幸せそうに笑った。
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