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第25話

きっとそうなるだろうなと思ってはいたのだが、放課後。ティルは早々に帰って行った。リュートを置いて。去って行く背中を自席から見送って、小さく嘆息する。ティルは、気まずくなるとすぐ逃げるから。 話し合うべきだ。 自分たちの身分、今後、親への説得。自分たちが本当に二人でいる未来を望むのであれば、それらを考えることは避けて通れない。リュートは少なくともティルといる未来しか見ていない。きちんと今回の見合い騒ぎを契機として、決着をつけたいと思っている。 思っているのだが。ティルがさせてくれない。 彼は非常に寛大な人間だ。そして一方で、周囲をよく見ている。不良集団の頭なんてやっていけていたのも、気配り、自分の役割のロールプレイを、恙なくやり遂げたからだ。商会にいれば坊ちゃんとして振舞い、商売の話をするときは一人の商人になり、リュートの前では―― (あんまり、気負ってなさそう。その代わりメンタル乙女なんだよね) リュートとは真逆だ。どちらかと言うと理屈っぽく、頑固な所があるとよく母から言われるのだが、ティルはその点感情が先行することが多い。もちろん、頭はいいのだが。 リュートは鞄を持って、席を立つ。椅子を戻して、そのまま帰路に着く。春頃まではこうして一人でいるのが当たり前だったのにな、とそんなことを思う。 季節はもう、すっかり秋だ。そう言えばティルから、紅葉が綺麗な公園があるから一緒に行こうと誘われていたな、と思い出した。ティルはそうやって、リュートといる時間を彩ることに熱心だ。一度、ティルと一緒ならどこでもいいと言ったことはあるのだが、それを聞いてもなお、リュートといる時間を、常に、最高のものとしようとする。 (愛されてるんだよなぁ) 自分で思うことじゃないだろと内心つっこみつつ、それでもその事実を受け止める。自分だって負けないくらい愛していると自負している。それでも、こうして愛されていることを実感するのは嬉しい。 だからこそ、こうして一人になると、寂しくなる。ティルも一人になりたいときくらいあるだろうからと理解していても、寂しいものは寂しい。 歩いているうちに家に着いていた。門を押し開けて、玄関の扉を開ける。 「ただいま」 「あらお帰りなさい、今日は早いのね」 「うん」 玄関の開く音を聞いた母が駆け寄ってくる。リュートが靴を脱ぐのを見ながら、いつもの優しい笑みを浮かべて、言った。 「ティル君と何かあったの?」 リュートはどこか気まずい思いで、母の方を見る。にこにこと笑ったまま、そこにいる。母には負けるな、と思いつつ、小さく頷く。 「お見合いのこと?」 母はひょっとして今朝後ろをついてきていたんじゃなかろうか。 「何でわかるの?」 「お父さんの話を聞いた後の朝、ティル君と会って、妙に早く帰ってきた。十分わかると思うけど」 「……そのとおりです」 リュートが諦めたように白状すると、ふふふ、と母が笑って、お茶にしましょ、と言った。 台所に向かう母の背中を見てから、リュートはリビングに行く。その途中でノアが足元に擦り寄ってきたので、抱き上げて一緒にソファに座った。 「にゃあーん」 「はいはい。おやつはもう食べてるでしょ」 膝に乗せたノアを撫でながら、リュートが言うと、不服そうに一度大きく尻尾を振って、ノアが寝る体制に入る。 「リュートはアールグレイでいいのよね?」 「うん」 母がリビングに入ってくる。リュートの前にそっとカップを置いて、隣に腰かけてくる。母は庭で採れたハーブで作るハーブティーだ。今回はミントが入っているのか、爽やかな香りがした。 「リュートは、ティル君にお見合いの話をしたのね?」 「……うん、した。そしたら、家の役目があるから、俺たちみたいな身分はそんなもん、って言うし、俺はそんなの認めないって言った」 「リュートは相変わらず頑固者ねぇ」 母が、自分の頬に手を当てておっとりと言う。わかっている、自分でもそう思う。でもそのときは止められなかった。自分たちの愛を否定されたような気がして。 すると母は、そうねぇ、と呟いてから、言った。 「ティル君はノイズシュタイン商会の嫡男でいらっしゃるから、ずっと跡取りとしての教育も受けていたでしょうし、役目を当然として受け入れてきた。そういう人生なのよ」 「……」 リュートは、後継者教育を受けたことがない。それ専用の家庭教師だとか、見たことがない。それは両親……というか、母の方針で、アルトフェルト家は別にそんな大層な家じゃないから、ということで、そうなっていた。 自分の家が五聖家と呼ばれる、建国神話に名を連ねる、現代に残る貴族の家系だというのは、まあ一応知ってはいる。母の方針のためか、ほとんど実感がないのだが。 (ティルと俺の見ている世界は、きっと違うんだ) ティルにはティルの正解があって、リュートにはリュートの正解がある。どちらも間違っていない。 「お父さんにティル君のこと話したんだから、ちゃんと仲直りしなきゃ駄目よ」 「……するよ。ティルがいない時間なんて、耐えられないもの」 「あらあらまあまあ!」 ふふふ、と再び笑って、母がハーブティーを飲む。リュートもアールグレイを傾けて、ティルは明日の朝、ちゃんといつもの公園に来るのかな。と思った。念のために、LINEを送っておこう。

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