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第33話

年が明けた。主神を祀る神社に初詣に行くのだが、ティルからは、一族を集めて商売繁盛の祈祷があるから、後日一緒に行こうと連絡があった。リュートの家も、五聖家の集まりなんかもあって正月は忙しい。そして、この五聖家の集まりがリュートは本当に嫌いだった。だってレオンがいるから。 これまでは会場まで両親祖父母と共に行き、持ち回りで行っている五聖家当主の挨拶を聞いたらこっそり帰っていた。そうするしかなかった。だが、今年は。 「……リュート、大丈夫なの?」 母が心配して顔を覗き込んでくる。父も眉が下がって、本当に心配しているのが伝わってくる。祖父母も事情を知っているので、難しい顔をしている。 「大丈夫」 リュートは、強い口調で家族にそう告げる。そう。ティルが守ってくれたから。騙す方が悪いのだと、断言してくれたから。もう俺が悪かったのだと蹲るのはやめようと、そう思ったのだ。 五聖家の集まりは毎年一番大きなホテルの宴会場で行われる。エスカレーターで上がって行き、絨毯でふかふかの廊下を歩く。道行く五聖家の関係者がじーっとこちらを見ている。いつものことだ。アルトフェルトはどうしても顔のせいで目立つ。直系の祖父と、母と、リュート。三人とも飛びぬけた美貌を持つものだから。 宴会場に入る。アルトフェルトは毎年部屋の隅のテーブルを当ててもらうように頼んでいる。中立を掲げる家なので目立つような真似はしたくないし、権力にも興味はない。そういうのが好きな家に、中央や目立つ席は譲ることにしている。 「何かお飲み物は」 ホテルの職員が声をかけてくる。父が、今はいい、と断って、ホテルの職員が去って行く。 「さて。荷物も置いたし。それぞれ挨拶回りと行くか」 「そうね。……リュートはここで待ってる?」 母に尋ねられて、一つ頷く。両親の挨拶の場に付き合っても役に立てないし、リュート個人で挨拶回りができるような身分ではない。 「待ってるよ」 「じゃあ、当主の挨拶が始まるまでに戻るから――本当に辛くなったら、帰っていいからね。LINEしてくれたらわかるから」 「うん。ありがとう」 祖父母と両親が去って行く。椅子に座って、なんだか手持無沙汰だったので、スマホを開く。アルバムを立ち上げると、付き合い始めた頃からのティルとの写真が出てきた。学校の図書室で一緒に勉強しているときのティル、帰り道のティルの後ろ姿、自撮りしようと二人で顔を寄せて撮った写真。 口元が緩む。ティル、今頃何してるかな……LINEしたら返事くれるかな、なんて思って、LINEを立ち上げたときだった。 「へえ?今年は帰ってないんだ」 来た。絶対来ると思ってた。スマホの画面を咄嗟に落として、ポケットにしまう。 「……何か用?レオン」 リュートが剣呑に問いかけると、別に?と軽薄にレオンが答える。 「毎年怯えて逃げ帰ってた白兎が、今年はライオンの前に残ってるっていうからさ」 「白兎に牙が生えることだってあるからね」 しれっと言い返すと、レオンは面食らったように顔を歪めた。リュートから反論があると思っていなかったのだろう。もう、あの頃のリュートとは違うのだ。 「兎に牙が生えるわけないだろ?馬鹿か?」 「試してみれば?自慢の鬣が禿げないといいね」 「っ……!」 言葉に詰まるレオン。 何だ、この程度のことだったんだ。リュートは改めて思う。ちょっと反論されたら言葉を失って右往左往する程度のやつだったのだ。つまらないな。 だが、レオンは負けるつもりはないらしい。 「今日は、騎士様はいないんだな」 リュートの腹の底に火がつく。ティルのことを言われるのは、やはり嫌だ。 「いないよ。彼も忙しいから」 「あの後あの騎士様調べたよ。ノイズシュタインの嫡男なんだってな」 「……」 「ついでに噂も聞いたよ。ノイズシュタインの嫡男とアルトフェルトの嫡男がデキてるって。お前らそういう関係だったんだな!」 「……それが、何?」 底冷えするような、リュートの声。それに気付いているのかいないのか、上機嫌に話し続ける。 「あの騎士様、気に入ったんだよ。俺」 「は?」 リュートの中で何かが切れる音が、した。 「アルトフェルトにやるなんて勿体ない。俺ならうんと喜ばせてやれる。可愛がってやれる」 「何言ってんの」 じわじわと込み上げる、はち切れる寸前の激情。普段ならば理性で抑えつけるそれを、止める気にはならなかった。 「今度攫って、うちで飼おう――」 爆発した。 がたーん!と椅子を蹴り上げ、気付けばリュートは胸倉を掴み、鼻先に顔を寄せていた。会場がざわつく。両親が駆けつけるまでに終わらせる。 「ティルに触らないで」 「何の権利があって」 「ここで滅多打ちにされたいの」 リュートは残った手の平に戦錫杖を呼び出す。しゃん、と円環が鳴って、先端をレオンの頬に押し当てた。 「俺、あんまり加減とかわかんないんだ。死んだらごめんね」 「お前……何言って」 「今すぐ宣言して。俺たちに関わらないって」 くるりと回して反転させて、戦錫杖の石突をレオンの腹に押し当てる。服にじわりと血が滲んだ。 「ひいっ!?」 「早く」 「い……いやだ!」 「馬鹿だね。退き時を知る頭もないの」 ぐっと石突を更に押し込む。痛みが走ったのか、苦痛に顔を歪めたレオンは、 「わ……わかった!もうお前らには関わらない!」 「破ったら?」 「は……!?」 「約束破ったときどうするの」 「破らない!」 「保証がないよ。じゃあ契約書作るから、署名して」 リュートは主神の力で契約書を呼び出す。リュートとティルに、金輪際関わらない旨を記した契約書。 「ほら、早く」 戦錫杖を突き付けられてがたがたと震えながら、レオンが指定された箇所に署名する。 「これでいいか!?もういいよな!?」 「……」 リュートは契約書を一瞥して、頷く。戦錫杖を消して、一言。 「もうその顔見せないで」 ひゅっと息を呑んだレオンが、会場の奥に走り去る。それを見送って、契約書の紙を三つ折りにして、スーツの内側に仕舞う。 慌てた様子の両親が走ってきたので、それに穏やかに手を振ってみせた。

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