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第35話

雪山に着く。スキー場の駐車場は、除雪作業で出来た大きな雪山がいくつも作られているにも関わらず、しっかり雪が積もって白い地面となっていた。車を下りると圧雪に足を取られて滑りそうになる。慌ててバランスを取っていると、ティルが車から下りながら笑っていた。 「優等生にもできないことがあんのな」 「こんなに雪深いの、物心ついてからだと初めてだよ」 元々、この国は平地で雪が降っても数センチしか積もらない。靴で踏めば溶ける程度なので、専用の靴も持っていない。今日は長靴を履いてきた。 「靴、貸せばよかったな」 「ティルの足大きいから、どのみち履けないよ」 長靴の底は雪にあまり向いていない。そろそろと歩いていると、ティルが横を一緒に歩きながら言った。 「抱えていこうか」 「これはこれで新鮮だから、気持ちだけ」 「そうか。こけるなよ。圧雪ってぶつかると結構痛いから」 「はあい」 雪山の刺すような冷たい風がリュートの頬に当たる。段々凍っていくような感覚。何もかもが目新しい。そうして二人でそろそろと歩いて行く後ろに、使用人が荷物を持ってついてくる。持たせて悪いなと思いながら、今日お世話になるスキー場併設のホテルに入る。ふわっと暖房の温かさがリュートの頬を溶かす。ロビーを通ってフロントに着くと、ティルが名前を告げる。ホテルの職員が深く頭を下げて、カードキーを渡してくる。そしてティルと一緒にエレベーターに乗る。 「……最上階なの?」 ティルがエレベーターで押したのは、一番上のフロア。まさか、と思っているとカードキーをパネルに翳す。電子音がして、エレベーターが動き出した。 「このホテルに出資してるからな」 「うわー……出たよお金持ち」 最上階に着く。部屋に続く廊下は壁と扉で仕切られており、ティルがカードキーを翳すと、扉が開く。その先は絨毯の敷かれた廊下があって、ぽつんと部屋に繋がる扉がある。 部屋に入ると、びっくりするほど広い部屋がそこにあった。きょろきょろと見回している間に、使用人が荷物を置いて立ち去る。 「使用人さんはどうするの?」 「帰りの運転あるからな。下の階取ってるよ」 「そうなんだ」 リュートは自分の荷物を椅子の上に乗せて、もそもそと中身を漁る。大した物も入れていないので、取り出す物もない。 「滑りに行くか?」 ティルがそう問いかける。リュートは一つ頷いて、立ち上がった。 ゲレンデは、人がまばらにいる程度だった。こんな客入りで商売が成り立つのだろうかと心配になったが、そうか。このスキー場は会員費を取っているから、集客に力を入れる必要がないのか、と一人で納得する。 フロントでお願いすると、いくつかスキーウェアを出された。一通り着てみて、身体に合ったものを選ぶ。リュートはベージュのウェアに焦げ茶のズボン、ティルは全身チャコールグレーだった。 「広いね」 ゲレンデを見回してリュートが言うと、そうだな。とティルが応じた。 「ま、人目気にしなくていいし、気楽なスキー場だよ。たまに芸能人とか見かけるし」 「そうなの?すごいね」 「会員制だから、お互い知らんふりだけどな。あの俳優女連れてんじゃん、とか」 「うわぁ……知らない方が幸せそう」 上流階級のあれこれなんて、知らない方がいいに決まっている。そう言えば五聖家の集まりでリュートがレオンに迫って脅した件も、噂にすらならなかった。つい頭に血が上って戦錫杖を出してしまったが、アルトフェルトの嫡男は手品が得意らしいという謎の噂だけが立って、終わっていった。 「お前、本気でソリでいいの?」 ティルがそう尋ねてきたので、リュートは一つ頷いた。 「逆にどうしてほしいの?」 「いや……滑りたいなら教えるし、と思って」 もごもごと照れくさそうに言うティルを、可愛い人だなと思いつつ、リュートは頬にそっとキスをした。冷たい風を浴びていたからか、どこか冷たい頬。 「ありがとう。でも俺、ウィンタースポーツは本当に造詣がないから、やめておくよ」 「そ……そうか。つーか急になにすんだよ」 「だめ?」 「駄目じゃない。ただ、部屋に帰って押し倒したくなる」 そう言うティルの橙の瞳に、ゆらっと欲を孕んだ熱を感じる。滑るんじゃなかったの?と苦笑いしつつ、リュートは、はいはい、と受け流した。ぐいっと手首を掴まれ、引き寄せられ、腰を抱かれ、鼻先にティルの顔を収める。だから。滑るんじゃなかったの? 「ティル……」 「可愛いことするから」 「滑り終わったらにしない?俺、こう見えてもソリ滑り楽しみにしてたんだ」 「う……」 さすがにリュートの楽しみを奪うようなこと、ティルにはできなかったらしい。そろそろと腕を腰から離して、深く息を吐いていた。 「んじゃ、行くか」 「うん」 二人でゲレンデの隅にある小屋に行く。そこで道具類一式を借りられるらしい。ティルはスノボを、リュートは大人用のソリを。 小屋の職員が言うには、ゲレンデの端っこにソリ用のコースがあるとのことだった。 「楽しみ!」 「だな。少しの間離れるけど、大丈夫か?」 「大丈夫だよ。ティルはどこまで行くの?」 「俺はリフトの頂上まで。ま、すぐ下りてくるよ。気を付けて滑ろよ」 「うん、ティルも」 そう言って、それぞれの持ち場へ。リュートは職員の人から聞いたソリのコースまで歩く。ざくざくと雪を踏みしめて歩くのが楽しくて、心が躍る。できるならスキップでもするのに。 綺麗な看板で、ソリ用コースと書かれている。なだらかな斜面。結構距離がある。滑るのはいいが、上るのが少し大変かもしれない。 ずりずりとソリを後ろ手にひきずりながらふとリフトを見ると、ティルがスノボを履いて登っていく所が見えた。気付くかな、と思いながら手を振ってみると、向こうも手を振り返してくる。見えてた、嬉しい。 頂上について、ソリをセット。乗り込んで、紐を掴んで、足で地面を蹴る。 「うわっ……」 耳元でごうっと風の音がする。頬を打ち付ける冷たい風が針のように刺さる。だが、駆け下りる疾走感が堪らない。ソリがごりごりと雪を削る音がして、ただその速さに心臓を打ち鳴らす。 下の方は傾斜が緩やかになっていて、そろそろと減速する。ぴた、と最後止まって、リュートは頬を緩めた。 「楽しい!」 思わず声に出る。もう一回滑ろう。後ろ手にソリを引きずって、斜面を駆け上がる。そうして滑るのを何度か繰り返して、また頂上に着いたとき。ざあっと雪を巻き上げる音がして、そちらを見る。 「ティル」 「よう。楽しんでるか?」 「うん、楽しい!連れてきてくれてありがとう!」 「お、おう……んな素直に言われると照れるな」 ごつい手袋で頬に指をやって、ティルが視線を逸らす。ふふ、と小さく笑って、リュートはソリに乗り込む。 「お前何回滑ったんだ?」 「数えてないなぁ」 「めっちゃ滑ってんじゃねぇか。楽しんでもらえてよかったよ」 ティルがスノボを履き直して、構える。 「一緒に下りるか」 「そうしよう!せーの!」 リュートが足で蹴って滑り出すのに合わせて、ティルも滑り出す。よく合わせて滑れるなぁと感心しながらも、あっという間に終わってしまった。 「ティル、まだ滑るの?」 「そだな。もうちょい滑っておこうかな。もう今年来られるかどうかわかんねーし」 「そっか」 「お前は?」 「ん……滑り足りないんだけど、身体が冷えてきたから。ラウンジでお茶してるよ」 「わかった。スマホ持ち歩いてるから、何かあったらすぐ言えよ」 スノボから足を引き抜いて、ティルがリフトの方に歩いて行く。ウィンタースポーツ好きなんだなぁとティルの知らない一面にほくほくしつつ、リュートはソリを返しに行った。

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