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Chapter4
長かった大学の夏休みもあっけなく終わり、すっかり朝夕の秋風は涼やかになり始めていた。
相変わらず奈義は好きな時にやって来て
好きなだけ抱いて、勝手気ままに出て行った。
紫音は
どんどん要求をエスカレート
させていく奈義の事よりも、
どれだけ乱暴に扱われても
拒む事の出来ない自分に辟易していた。
昨夜も彼はバイト終わりの紫音を捕まえて
朝方まで拘束し、気が済んだら部屋を出て行った。
朝一番の講義を受講していた紫音は
睡眠時間もそこそこに講義をこなし
スギを学食へ呼び出すと
遅めの朝食兼早めの昼食を食べていた。
学食では、紫音の真正面に座って
今にも泣き出しそうなスギが
目の前に並べられた食事の量に
顔を青くしていた。
「ねぇ、紫音さん...」
消え入りそうな声でスギは紫音を呼ぶ。
「んぅ?」
紫音は口に唐揚げを突っ込んだまま
適当に相槌を打った。
「お前さぁ。痩せの大食いだったんな。」
スギはちょっとだけ涙目で、3人前はあろうかという食事と紫音を見比べながら情けない声を出した。
「奢りの時くらいフルスロットルで行く。」
唐揚げを飲み下してスギを睨み付ける。
「1週間分も奢ったら、
オレ破産しちゃう」
「あ!逃げんなよ?」
絶えず咀嚼しながら
口の中の物を飲み下す。
そうやって口の中に蟠ったものを
全部飲み込んでしまいたかった。
「オイオイ、別嬪さん。」
不意に甘い声がして
スパイシーなEGOISTの香りが
頭から降って来た。
見上げると、半分寝たような顔つきの博樹が、片眉を上げて紫音を見下ろしていた。
紫音の事を別嬪さんと呼ぶのは
奈義とこの男くらいだ。
「オマエって痩せの大食いだったんだな。」
「......それ、さっきも聞いた。」
「いや、よく食えんならいんだけど
オマエさ......」
半分笑いながら博樹は紫音を覗き込む。
「......ちゃんと寝れてるか?」
覗き込んだ顔は少し呆れた様な
顔つきだったが、心臓を一突きにされた。
喉が詰まる。
「......ゲームし過ぎたかな。」
紫音は食事に視線を落とした。
「ゲームねぇ......。」
博樹は俯いた紫音の襟足に覗く
赤い痕に目を落とすと
ため息を一つ吐いた。
ーーー随分と危ねぇゲームだな、オイ。
博樹は一言二言言いたい事を飲み込んで
「......程々にな。」と言うと学食を
去って行ってしまった。
EGOISTの香りが遠ざかって行く。
「何だったんだアイツ?
学食に出没するなんて珍しい。」
「......さあ。」
口の中の物を水で無理やり飲み下して
次の食べ物を口に入れる。
そうやっていないと
余計な事まで考えてしまいそうだった。
「でさぁ、」
スギが正面から真剣な目で紫音を
見据える。
「何。」
「ゲームって何やってんの?」
紫音は飲みかけたスープを
盛大に吹き出した。
「うわッ!! きったねぇな!!」
「ゴホッ...ゴホッ...!!」
「何で!?
そんな面白いゲームがあんのかって
きいただけじゃん!!」
ーー......言えるわけねぇだろ!
紫音はテーブルの下から
スギの足を蹴り上げた。
「イッテェ...ッッ!」
スギが弁慶をさすっている間
紫音は口の中へ食べ物を詰め込んだ。
ーーー
その夜
奈義はいつもの様に気ままに現れ
好きなように紫音を抱いた。
要求のエスカレートは続き
抱き方もいつになく乱暴に感じた。
「もォ...むり...ッ!」
絞り出した声は情けないほど
掠れていた。
純粋に体力の限界だった。
「ごめん...ッ!
しーちゃん、もうちょっと!」
「......ッッ!!」
『しーちゃん』と呼ばれる度に
気持ちを飲み込んだ。
飲み込む度に気持ちが擦り減った。
ひとしきり満足すると
奈義はいつものように後始末をして
Marlboroを取り出し窓を開ける。
その姿を痺れた頭で紫音は眺めていた。
少し肌寒い風が舞い込み
煙草の匂いと共に
紫音の前髪をゆする。
「ん...さむ...」
汗ばんだ体には夜風は冷たかった。
紫音は身を縮めて
おずおずと奈義に擦り寄る。
肌と肌が触れ合うと思いの外
くすぐったかった。
「もー秋だな。」
奈義は窓の外を眺めながら
煙草を燻らすと、
不意に紫音の髪を撫でた。
「...!」
その手は優しく何度も髪を掻き分ける。
紫音は切ないくらいに
胸が高鳴るのを感じていた。
jo malone londonの香りが、
煙草の香りに混ざる。
大ぶりのリングが少し当たるのを
感じながら、紫音は目を閉じた。
ーー少しだけ、
少しだけ、このまま。
暖かい奈義の肌と
心地よい手の感触。
ーー少しだけ......少しだけ......。
奈義の手が頬に触れ、唇に触れ
「紫音?」と声をかける頃には
紫音は深い眠りに付いていた。
ーーー
それから
どれくらい経った頃か
紫音は高い所から落ちるように
目を覚ました。
辺りはまだ真っ暗で
間接照明の明かりがぼんやり点っている。
奈義の姿はない。
ーー居るワケない......か。
紫音は自嘲した。
情事のままにベッドに転がる自分は
まるで男娼のようだった。
ふと視線を落とした先に
奈義が吸い残した煙草が2本
灰皿に転がっていた。
紫音はおもむろにその吸い殻を拾い
煙草に残る奈義の歯形を指で撫でた。
ゆっくりと口に咥えてみると
放置されたライターを手に取り
火をつける。
「......ゲホッ」
苦い。
喉が、ただれる様に痛かった。
視界が歪んでいく。
涙が溢れた。
一度せきを切ると
次から次へ溢れた。
嗚咽を堪えきれず
紫音は両膝を抱き寄せて咽び泣いた。
ーー......程々にな。
昼間の博樹の言葉が頭をよぎる。
もう程々になんて出来なかった。
構わないなんて嘘も
消えてしまえなんて強がりも
何もかも。
もう、飲み込めない。
もう
押し殺せなかった。
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