5 / 28

Chapter5

翌朝、紫音は泣き腫らした目を メガネで隠して講堂へ向かっていた。 連日無茶をされ続けた体も 心と一緒に悲鳴をあげている。 それでも学内へ向かうのは 卒業が迫って来ているからに他ならない。 紫音の選択している学部では 卒論を書かずして卒業を迎える事は出来ない。そろそろ資料集めだけでもしておかなければならなかった。 「あ!いた!しおーーん!」 講堂に入るのを見計らった様に 奈義が紫音を呼び止めた。 心臓が跳ねて、嫌な汗が出た。 奈義は相変わらず jo malone londonの香りを引き連れて 紫音の肩へ腕を回す。 紫音はその腕をゆっくり離した。 「何。」 「あのさ、紫音!」 今朝の彼はやけに上機嫌だった。 離された腕を気にも留めず もう一度紫音の肩に手を回す。 今度は肩に手が触れる前に 紫音はその手を制止した。 「......何?機嫌悪いの?」 急に奈義の顔が曇る。 「......別に。」 紫音は顔を逸せて答えた。 顔を覗き込まれるのだけは 勘弁だった。 「用事、何?」 「いや......何でもねぇ。やっぱいいや。」 肩に触れていた手が ポンポンと叩きながら離れていく。 jo malone londonの香りも 遠ざかっていった。 ーー......何を 言いかけたのだろう。 紫音は半分振り返って はっと前を向き直した。 奈義が触れていた所が熱い。 紫音は大きく一つ息を吐いた。 振り返ってしまうと 膝が崩れ落ちてしまいそうだった。 ーーー 奈義から再び連絡があったのは 日が傾いてしまった午後7時頃。 ーーピコン --Message -- 待ってるから来いよ! メッセージにはそう一言あり、 感じの良さそうな居酒屋の 位置情報が添付してあった。 続けて電話の着信音が鳴る。 ーーー 今すぐ来いってか...。 ......勝手なヤツ。 呼び出しておいて いつも女の子と消えていく。 けど。 それでも。 側に居たかった。 自分は特別だと思いたかった。 "幼馴染"という関係に縋っていた。 ーー......もう ......そこへは戻れない。 戻ってはいけない。 通話ボタンに伸ばした指は震えていた。 ーー声を聞くだけなら...。 それだけなら? それでいいの? ......本当は、すぐに会いたい...。 声に出せない気持ちが 喉に詰まって行き場を失う。 着信音は メロディの途中で プツリと途切れた。 泣き腫らした目が じんわり熱い。 ーーこれでいい。 紫音はほんの少しだけ安心したように 息を吐いた。

ともだちにシェアしよう!