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Chapter6
夢を見た。
夕日が海へ沈んでいく。
潮風も波の音も吸い上げながら
沈んでいく。
「まってよーーー!!」
いつも君を追いかけていた。
「おっせぇよ!早く早く!!」
陽が沈む瞬間は
いつもほんの一瞬で
サンセットに滲む様な海岸は
君みたいにキラキラ輝いていた。
「わぁッ...!!」
随分先を駆けて行く君の気を引く為に
わざと転ぶ。
「おーい!!大丈夫か!?」
そうすると
必ず君が駆けて来てくれたから。
ーーあの日の2人は
もう何処にもいない。
ーーー
「奈義!おまえ、
やーっと内定出たんだってな!」
バチンと肩を叩いたのは
真っ赤なロンTを着たスギだった。
「おー。何、誰情報?回るの早〜」
奈義は煙草を咥えたまま
スギを見上げた。
キャンパスの屋外に儲けてある
喫煙スペースはいつもの顔ぶれが
揃っている。
「どっからともなく!」
「ふーん。何だそりゃ。」
ーー本当は紫音に
一番に伝えたかった。
さっきは腕を振り払われた気がした。
そういえばメガネもしてた。
ーー何か変だな。
............。
昨晩、紫音は珍しく素直だった。
ヤッた後はそっぽを向いてしまうか
すぐにシャワーを浴びに行くのに
膝の上で寝落ちなんて。
ーーー......反則だっつうの。
奈義は煙草を揉み消した。
「なぁ、スギ。紫音見てねぇ?」
「んぁ?さっきまで学食でメシ奢ってた。
...ってかさぁ!紫音って
痩せの大食いだったのな!?」
「......今更?」
「いや、知らねぇわ!」
「あいつの本気はえげつねぇよ?」
「......あ、でも今日はさっぱり食ってなかったな。昨日は凄ぇ食ったのに。」
......さっぱり?
いつもバイト代をチャラにするくらい
食べる紫音が?
月末必ず飢えてる紫音が
......奢りで食べねぇ?
奈義はスマホの画面を開いて
メッセージアプリを確認した。
紫音からの通知は無かった。
「つうか、何。奢るって」
「あー......。
夏休みにコンパの流れで
学食1週間分を条件に
紫音をクラブに呼び出したん。」
「ふーん。」
なるほど、あの時の事か。
紫音がクラブに居るなんて
珍し過ぎると思った。
今思えば
メッセージの返信が遅くなったのは
あの頃くらい...?
......いや、気のせいか。
「ーー......なぁ、奈義!」
知らない内に考え込んでいた奈義は
スギの大きな声に顔をあげた。
「そういえば
そろそろアレの時期だぞ。アレ!」
スギがニヤけた顔で
肩へ腕を回して来た。
「アレ?」
「やだなぁ!
学園祭じゃないですかッ!」
「あー。もうそんな時期?」
「今年は最後はだしッ!
気合い入れて準備だなぁ!! 」
「ったりめーだろ。
有終の美を飾らんとなぁ、杉浦君。」
奈義は調子良く答えて
視線だけもう一度スマホの画面を
覗き見た。
紫音からの新しいメッセージはない。
少しだけ嫌な予感がした。
ーーーー
その夜、奈義は
少し洒落た居酒屋の個室を予約した。
ここなら、賑やかな場所が苦手な紫音も
気に入ってくれそうだ。
位置情報を付けて紫音へメールを送る。
返事が待ちきれず電話をかけたが
何コール待っても紫音が電話に出る事はなかった。
......おかしいな。
後でもっかいかけるか。
奈義はもう一度メッセージの新着を確認して
煙草に火をつけた。
ここに来る際に
絵里奈が「私も行くぅ」とねだったが
有無を言わさず置いて来た。
嫉妬深い彼女からのメッセージが
立て続けに受信されてうるさい。
奈義は煙草の煙を吐き出して
天井を見上げた。
店内は落ち着いた雰囲気の中にも
賑わいが満ちている。
楽しそうな笑い声に
一人だけ浮いている様で
尻が落ち着かなかった。
お互い内定決まったら
2人で飲もう。
大学に入学した頃に
そんな約束をしていた。
なりたかった自動車開発チームには
結局届かなかったが、
大手自動車メーカーに
内定が決まった事をきっと
紫音は喜んでくれるはずだ。
紫音はというと
人気老舗ホテルからの内定を
いとも簡単に仕留めてしまっている。
ーーずっと狙ってたホテル
だったもんなぁ。
やっぱスゲェわアイツは...。
イギリス人のばーちゃん似で
顔まで反則だし。
英語もフランス語も
当たり前みてぇに喋る。
これでようやく胸を張って
紫音の隣を歩けると
心底安堵していた。
物心つく前から深く考えなくても
隣はいつも紫音だった。
......いや
紫音でなければならなかった。
スマホの画面を開いて時間を確認する。
まもなく
予約の時間が過ぎようとしていた。
「あの、ご注文は...?」
と店員が気まずそうに覗くので
先にビールを注文した。
ーーやっぱ何かおかしい。
何度スマホに目を落としても
紫音からの返信はなかった。
結局、紫音から返信が来たのは
予約の時間を10分ほど過ぎた頃。
もう一度
電話をかけ直そうとした時だった。
『ごめん、行けない。』と一言。
ーー何なんだよ、アイツ。
紫音が奈義の誘いをこんな形で断るのは
初めての事だった。
ーー何かあったのか...?
奈義は残ったビールを一気に流し込み
乱暴に煙草を揉み消すと
訝しむ店員を尻目に精算を済ませた。
絵里奈から何度目かわからない
メッセージが届く。
今は返す気にはなれなかった。
ー......
その後、学内で何度か紫音に会ったが
普段と変わらない様子で言葉を交わした。
ーーけど何だ、この違和感。
触れてはいけないような温度差が
紫音との間に温く流れているのを
奈義は少しずつ感じ取り始めていた。
ーー卒論が大変なんだろう。
紫音と同じ学部の博樹も
ここのところ卒論のせいで
付き合いが悪い。
ーーきっとそうだ...。
そう思うことで
鈍く錆びて広がる違和感に蓋をして
安心したかった。
『今会える?』と送信したメールも
何度目かの『ごめん』を確認すると
奈義は返信を待つ事をやめ
学園祭の準備にのめり込むようにした。
ーー学園祭の準備にきりがついたら
様子を見に行こう。
少し時間を空ければ
きっと元通りになっているはずだ。
そう思っていた。
隣にはずっと紫音が居ると。
ガキの頃の様に。
もう
あの日の2人は
何処にもいないのに。
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