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Chapter12
ーーうるさいなぁ...。
紫音は何度も鳴るインターフォンの音で目を覚ました。
インターフォンはひっきりなしに
なり続いている。
徐々に意識がはっきりして来ると
「ヤバっ」と言って時計に目をやった。
時刻は8時4分
完全に寝坊だ。
紫音は鉛のような体をベッドから引きずり下ろした。
昨日、沙月はメモ書き通り午前の講義が終わる頃にやって来て紫音をアパートまで送り届けてくれた。
そこからは記憶が朧げで、寝ぼけた頭でははっきりしなかった。
ーーコンコンコン!
ドアの向こうの人物は
忙しなくノックをし始めた。
「長谷川君? 生きてる?」
意外にも自分を気遣うような言葉をかけられて、紫音は少し表情を緩めて小さく答えた。
「......生きてるよ。」
ガチャンと鍵を開けると同時に
沙月が半歩飛び込んで来た。
「長谷川君!?」
勢いのままに目が合う。
その瞳は真っ直ぐで、昨日と違わぬ実直さを含んでいた。
「おっ...と。」
勢いよく飛び込んで来た沙月に思わず紫音はよろめいた。
「わぁ!ごめん!」
沙月は少し照れながら一歩下がって
「遅いから心配しちゃった!」
と肩をすくめた。
「......ごめん、今起きた。」
と顔を覆うと、
沙月はまじまじと紫音を眺めて
「その様ね。」と軽快に笑った。
それから
「うわぁちゃー! 荒れてるわねぇ〜!」
と、部屋を見て更に笑った。
紫音は決まりの悪そうに頭を掻くと
沙月を中に通した。
「悪いけど少し待ってて。」
そう言って急いで身支度を始めたが
思う様に動かない手で
シャツのボタンを留めていると
「ゆっくりでいいわ。」
と言って沙月は部屋に散らばった資料の山をまとめ始めた。
気分はまだ良くなかった。
それでも身支度が苦ではない朝は
久しぶりだった。
ーーー
「それじゃぁ、行きましょうか!」
と、ベージュの軽自動車に2人が乗り込んだのは、それから30分経った頃だった。
紫音は何度も休憩を挟みながら身支度をし、軽自動車に座り込むと長く息を吐いた。
車内には女の子らしい飾りは無かったが、シャボンのスッキリとした芳香剤の香りがほのかに漂っている。
「これ、食べられるものがあったら
どれでもどうぞ!」
沙月は車内に乗り込むや否や
後部座席からゼリーのパウチや飲み物が山ほど入った袋をドサっと紫音に手渡した。
「!!」
紫音は袋と沙月を交互にみて
キョトンとただその袋を受け取った。
「......これ...。」
「こっちは私のー!」
沙月はもう一つコンビニの袋を取り出すと、自分の膝の上に置いた。
中にはサンドイッチやおにぎりが
どっさりと入っている。
「......。」
沙月はおにぎりを一つ手に取りパッケージを剥ぐとエンジンをかけ、ゆっくり車を発進させた。
車内に流行りのPOPSが流れる。
「窓開けたかったら遠慮なく開けて。」
そう言いながら沙月はどんどんおにぎりを食べ進める。
カーナビが右へ曲がれと指示をした。
「......ありがとう。」
紫音は小さく言うと少しだけ窓を開けて深呼吸をした。
朝の冷気が一気に流れ込んで肺を満たす。
沙月は寒くないだろうか。
と彼女の顔を窺い見たが、気にする様子もなく、おにぎりを美味しそうに頬張っていた。
「......。」
紫音はコンビニの袋を覗き見て
ゼリーのパウチを一つ取り出した。
ーーこれくらいなら...。
と蓋を開けて口を付ける。
思ったより甘かったが、悪い味ではない。
何より沙月の気遣いが紫音の痩せた心にじんわりと染み込む様だった。
ガサガサと沙月が2つ目のおにぎりを運転しながら取り出し始めると
紫音はそのおにぎりをさっと手に取り
パッケージをていねいに剥き「どうぞ。」と沙月に手渡した。
「わーお! ありがとう!」
沙月はとびきりの笑顔でおにぎりにかぶりついた。
「おいしっ!」と言って目を細める。
口元に海苔をたくさん付けて
おにぎりを頬張る姿に、
紫音が「......ははっ」っと
顔を綻ばせると、沙月は
「笑えるじゃーん!!」
と大袈裟に喜んだ。
気恥ずかしい気持ちはあったが
紫音自身もまた喜びを感じていた。
もう一口ゼリーを口に含む。
「......本郷さ。」
「ん?」
「何で俺にこんな良くしてくれんの?」
紫音は真剣な顔に戻って窓の外を眺めながらポツリと溢した。
「......。」
沙月は少し黙って口元をペロっと舐めた。
「......私もね、食べられなくなって病院に運ばれた事があるの。」
「......!」
紫音はハッとして
沙月の方へ向き直した。
「......受験で色々ね。」
「......。」
ーーそうだったのか。
と紫音は沙月の横顔を見つめた。
それから少し視線を下げて
「......そっか。」と呟いて窓の外に視線を戻した。
「...話してくれてありがとう。」
窓の外を見たまま溢した紫音の声は
少し震えていた。
沙月は相変わらずモグモグとおにぎりを食べ進める。
車内に流れる音楽が、人気のバラードに変わった。
しばらく2人に沈黙が続く。
それは心地良い穏やかな時間だった。
紫音はヘッドレストに頭を預けると
「くあっ」と欠伸をし、目を瞬かせ始める。
そして徐々に瞼が重く下がると
小さく寝息を立て始めた。
沙月はそっと後部座席のブランケットを紫音にかけて窓を閉めると音楽のボリュームを下げた。
紫音の手に握られていたゼリーは1つ空になっている。
「ふふっ」と満足そうに沙月は笑ってハンドルを握り直した。
海はすぐそこまで迫っていた。
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