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Chapter16
ガキの時の夢を見ていた。
よく行った海辺へ向かう夢だった。
海と空の境目を
ゆっくりと太陽が消えていく
オレの遥か前には紫音がいた。
足の速い紫音はどんどん先へ走って行く。
「待ってよー!!しーちゃん!!」
いくら呼んでも待ってくれない事に
業を煮やして、よくわざと転んで
引き止めた。
そうすると
「大丈夫か!?なっちゃん!!」
必ず紫音は駆け寄ってくれた...。
その心配そうな顔を向けてくれる事が
堪らなく嬉しかった。
ーー......でも...。
眩しいくらいに憧れていた紫音の顔が
何故だか今は思い出せない。
『帰って』
ーー......ッ!!
思い出すのは
あの夜の泣き顔だけだった。
「............。」
奈義は深く息を吸いながら目を覚ました。
頭が割れそうに痛い。
気分も最悪だった。
「うぇっ...気持ち悪っ...。」
体を引きずる様にベッドからにじり出る。
3月に入ったとはいえまだまだ朝の冷え込みは体に堪えた。
「......ん...最近飲み過ぎよォ...。」
綾乃が隣で身じろぎをする。
彼女は奈義が引っ張った布団を手繰り寄せると、うずくまるように顔を覆った。
「悪ぃ、オレ帰るわ。」
そう言って綾乃のアパートを出て
もう3時間が経とうとしている。
何処へ行くにも何をするにも
物足りない。
スロットの台だけ眺めて、
自身のアパートに着いたのは
午前11時半を回ったところだった。
頭がガンガンしている。
駐車場に車を回すと、
見慣れないトラックが路肩を大幅に
占拠していた。
トラックには『引越し』の文字。
ーードクン!
と一つ心臓が跳ねた。
ーーまさか、な...。
紫音の部屋を仰ぎ見ると
ドアは半分開いていた。
何でこんなに焦るのか分からないが
息が切れるくらい動揺しながら
階段を駆け上がる。
ーーなぁ、嘘だろ。
頭が狂った様にガンガンする。
......待ってくれよ。
『待ってよ。』
......俺を置いていくのかよ...!!
『置いていかないで!』
「紫音......ッ!?」
『しーちゃん!!!』
奈義は紫音の部屋のドアを弾き飛ばした。
古いドアの軋む音が
やけに耳につく。
「......ッ!!」
それからまるで
世界から色が抜け落ちたみたいに
音が遠のいていくのを奈義は感じていた。
そこには紫音の靴も
勝手知ったる冷蔵庫も
紫音を抱いていたベッドも
カーテンもテーブルも
何もかも無くなって
四角い空間が広がっていた。
紫音の部屋は空っぽだった。
「......なんでだよッ...!!」
怒りにも似た焦燥感が
この部屋のように奈義の頭を
空っぽにしていく...。
奈義のいない所で
紫音の人生は動こうとしていた。
「......如月君...?」
立ち尽くす奈義に
聞き覚えのない声が呼びかけた。
振り返るとそこには
いつかの女が立っていた。
「あぁ? 誰だテメェ。」
「......誰って。本郷沙月。
紫音の部屋に何の用?」
何だこの女。
大して可愛くもねぇクセに
紫音の彼女気取りか。
「あぁ、あんたがウワサの紫音の彼女?」
沙月は少し構える様な表情を見せた。
「......だったら、何?」
気が強そうで真っ直ぐな視線が
やたら気に障った。
「別に。たださ、
アイツちゃんと女抱けんの?」
沙月の表情が
一変して凍りつく。
「......え?」
奈義は距離を詰め、固まった彼女を上から威圧するように見下ろした。沙月は半歩後退り、逃げ出したいのを必死で耐えているように見えた。
「ってゆーかお前、紫音が俺の前でどんな顔して抱かれてたか知ってて付き合ってんの?」
「は?......あなた何言ってるの...?」
「だからさぁ、
アイツ、ケツ使わなくても
ちゃんとイケんのかって聞いてんの。」
「......な! な!...何ですって!?」
一体何を言われたのかを理解した沙月は
顔を真っ赤にして動揺していた。
ギ...
ギィ...
......紫音の足音だ。
サツキとか言った女の後ろから
紫音が来ている。
足音はどんどんと階段を登って来る。
......でも、
もう止まれない。
「何だ、知らねぇの?
ホントおめでてぇなぁ、サツキちゃん。」
アッシュの髪が沙月の向こうから
階段を登ってこちらに現れる。
「紫音がオレの咥え込んでたの
知らねぇで付き合ってるとか。」
一瞬で紫音と目が合う。
彼の足が止まった。
「教えてやらなかったのかよ?
男に突っ込まれるのが好きですって。
ーーなぁ、紫音。」
紫音は何を言われているのか
分からないのか
ピクリとも動かない。
そして、徐々に言葉の意味が繋がったのか
みるみる血の気が引いていった。
ーードサッドサドサ......ッ!!
紫音は持っていたコンビニの袋を
袋ごと落とした。
真っ青な顔で口が戦慄いてる。
「......紫音...!」
沙月がハッと振り返ったが
アッシュの瞳は絶望と怒りを溜めて
奈義を睨んでいる。
「......お前。」
小さく震えている声は
聞いた事のないくらいに低かった。
「今。何を言った......!?」
紫音はそういうと奈義に迫り
勢いのままに胸ぐらを掴んだ。
「What the fuck did you just say?!」
そのまま痛いほどに握りしめられて
激しく揺さぶられる。
「Don’t fucking mess with me!
What the fuck do you think I am?!」
ーーははっ。
興奮して英語になってんじゃん。
......昔そーやってよく喧嘩したな。
「紫音ーー」
「Don't!!!」
「しおーー」
「Shut the fuck up!!!!!」
紫音は奈義の胸を激しく叩いた。
「I’m not your fucking property!」
肩で大きく息をしながら
目を血走らせこちらを睨む。
何を言ってるのか、ほとんどわからない。
けれど、そんな顔も綺麗だと思っているオレは相当イカれてるみたいだーー。
「I fucking hate you...!」
紫音は目を伏せて吐き捨てるように言う。
『fucking hate you』
くらいは奈義にも聞き取れた。
不思議と頭が痺れて、どこか俯瞰した位置で奈義はそれを聞いていた。
「Stay the fuck away from me!!!」
もう一度奈義を見上げた目には
涙がいっぱいに溜まっていた。
胸ぐらを掴んでいた手が
ふっと緩んで突き飛ばされる。
紫音は肩で息をした後
恐ろしいものを見るかのように
沙月の顔を見て
「ごめん......!」
と言うと
階段に落ちたコンビニの袋を踏みつけて
階段を駆け降りていってしまった。
奈義はその後ろ姿もぼんやり幻の様に見ながらその場にズルズルへたり込んだ。
「......ねぇ...貴方何なの!?」
沙月は泣きそうな顔で奈義を振り返った。
「......。」
奈義は答えられなかった。
頭の中にあるのは怒りなのか悲しみなのか
喪失感なのか爽快感なのか。
「......やっぱり...」
沙月が握った手を戦慄かせながら
ポツリと話始めた。
「貴方が紫音を壊してたんでしょ...!?」
ーー......
『セックス、しに来たの?』
「......。」
ーー何であの時の顔を思い出すんだ......。
「せっかく...たくさん笑う様になったのに...!」
沙月の目から次から次へ涙が溢れた。
「......これからだったのに!!」
「......。」
「何て子供なの......!!
もう、紫音は私の所にも帰って来ないわ......!!」
沙月は涙を払う事もせず
真っ直ぐ奈義を見据えて
「何とか言いなさいよ!!!」
と激しく揺すった。
「......。」
ーー答えてやる必要なんてない。
「......酷い人!!」
ーー何て言われようと構わない。
沙月は何も答えない奈義に失望したように背を向けて落とされたコンビニ袋を気にしつつ紫音を追いかけて行った。
ーー何だよ、もう終わりか?
もっとなじってくれよ......。
奈義は顔を覆って点を仰ぎ
大きく息を吐いた。
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