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Chapter17

紫音と沙月が去った後のアパートには 音が何も残らないような静寂が 漂っていた。 麗らかになり始めた季節の息吹が これ程に鬱陶しく感じた事はない。 奈義は座り込んだまま 煙草を取り出し火をつけた。 何度も何度も頭の中で 紫音の怒号の様な声が再生される。 何であんな事言ったのか。 そんな事自分でも分からなかった。 紫音を傷つけたかったのか。 沙月を傷つけたかったのか。 紫音を突き放したかったのか 離れたくなかったのか。 今は考えるのが面倒だった。 不意に階段に転がった コンビニの袋が目に入り一つ 潰れたおにぎりを拾い上げる。 何の変哲もないただの昼飯の おにぎりが酷く滑稽に見えた。 その脇には紫音の好きな スナック菓子が転がっていた。 「......まだこんなもん食ってんのかよ。」 奈義は散らばった物をそのままにして その場から立ち去った。 ーーー あれから紫音は姿を消した。 スマホを何度握り返しても 紫音に連絡を取る事が出来なかった。 卒業式にも紫音の姿はない。 「紫音は?」 博樹とスギが交互にたずねてきたが 「さぁ...。」としか答えられず 人混みの中にアッシュの髪を探した。 あまりに気配がないので 紫音の母親に連絡を取ると 『Shion did come home once, but he’s gone out again. Apparently, he won’t be back for a while. いちどかえって、でていったわ。』 と返事があったので ひとまず生きてはいる様だった。 何処で何をしているかは たずねられなかった。 「お前はさ、 紫音に会いてぇの? 会いたくねぇの?」 博樹に言われて 答えられなかった事が いつまでも頭から離れない。 もう会いたくない? ーー違う。 目も頭もアッシュの瞳を探している。 じゃぁ何で会いたいんだ...? 謝りたい? 傷つけた事は言い逃れ出来ない。 でも謝ってどうすんだ? ただの幼馴染になんて戻れる訳がない。 ーーじゃ何がしたいんだ。 ............。 ......セックス......? ーー......いや、違う。 そんなんじゃない。 そんなんじゃないんだ......! ............。 入社し仕事が始まっても、 綾乃を抱いても、 ジムで体を動かしても 紫音の事が頭から離れない。 人混みの中にいても 何処にいても アッシュの髪を見つけては 振り返って落胆した。 その内 「私、ここに居ないみたい。」 と綾乃は去って行った。 何でこんなに紫音に会いたいのか 分からないままに一年が過ぎようとした時。 そのタイミングは突然にやって来た。 ーー......紫音!! 高級そうなレストランから出て来た影に 紫音のアッシュを見つけ 奈義の心臓は痛いくらいに跳ね上がった。 ーー......でも 声はかけられなかった。 かけてはいけなかった。 紫音の隣には 仕立ての良さそうな背広を着た 知らない男が居て 紫音の腰をそっと抱いていた。 「............。」 紫音の人生は オレの居ない所で随分前に進んでいた。 紫音は幸せそうに笑っている。 少しだけ懐かしい声が風に乗って 聞こえて来た。 胸の底に どうしようもない不快感が沸き上がる。 何に対してなのかは分からない。 砂を噛む様なその感覚に 目の前を楽しそうに行く2人から 咄嗟に目を逸らした。 オレは...... いつから 幸せそうに笑っている紫音の隣に 居られなくなったんだろうか。 いや......。 ......そうか...。 オレが自分自身の手で 隣にいる紫音を壊したのか。 ーーハハッ。 バカじゃんオレ......! 一年経っても着慣れない仕事着の背広が、今日は一段と窮屈だった。 締め上げられるような胸が 青臭くて、アホくさくて 滑稽でしかない。 「......ダッセェ。......オレ。 めっちゃ紫音の事好きじゃん。」 奈義は顔を覆って盛大にため息を吐くと 握っていた鞄を握り直し、 誰も待っていない帰路へついた。

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