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Chapter18
高層マンションから見える夜景を
紫音は海底のようだと思いながら眺めていた。
「あっ......あぁッ...!!」
恋人の上に跨りその海底を弾む。
紫音が誠一郎のマンションに
転がり込んでから、もうかれこれ1年半が経とうとしていた。
「アッ...せ...誠一郎ォ...もっとォ...!!」
ゆるく脳まで蕩けるような甘い突き上げに、
紫音は体をのけ反らせてその快感に悶えていた。
海底を漂うクラゲのように沈んでは浮かび
深く刺さるペニスを良い所に当てて擦り上げる。
「あぁ...綺麗だよ紫音......。」
誠一郎が恍惚の瞳でそう言うと
中のペニスがグンッと大きく激った。
腰に添えられていた手が
紫音の手首を掴んで引き寄せる。
「あっ......!!」
ーーあ、イく...ッ!
誠一郎の大きく優しい腰つきによって
まるで緩やかに溢れ出る波のような
快感の絶頂へ押し上げられるーー
ーーそのはずだった。
『ーー紫音......ッ!!』
頭が真っ白になるその瞬間に
脳裏へ差し込んだものは、
誠一郎の声でも温もりでもなかった。
汗を散らし、
睨むような眼差しで
激しく奥へ叩き込んできたあの男。
あの男の低く掠れた声と、
縛る様に締め上げられた強烈な手の感触。
「ア、ァッ!......ヤダぁぁッ!」
背中が大きく弓ぞって硬直して
動けないくらいの鼓動が全身を巡っていく。
「ハァ...!ハァ......ッ!!」
紫音は誠一郎の胸に
倒れ込む様に頭を埋めた。
動揺と、罪悪感と、絶頂の余韻で
頭が上げられない。
「紫音......? 大丈夫かい?」
誠一郎はその大きな手で
背中を包み込む様に優しく撫でる。
ーー......何で...!
何で奈義が出てくるんだ!!
優しく誠一郎の手が触れる背中に
ヒヤリと冷たいものが伝う。
誠一郎と体を重ねる事で
紫音は『愛される』とは
どういう事なのかを知った。
優しく愛を囁く言葉...。
慈しむような愛撫や啄むような口付けも
何もかもあの男が与えてくれなかったものばかりだった。
ーーなのに、何故
絶頂の時に彼の声が聞こえるのか。
街中であの香水の香りを探してしまうのか。
紫音は大きく息を吐いた。
「......大丈夫。」
頭を何とか持ち上げて汗ばんだ顔を拭うと
誠一郎へ啄むように唇を重ねた。
「私はもう少し楽しませてもらうよ。」
誠一郎は意地悪そうにそう言うと
今度は紫音を下にして
ゆるゆると腰を動かし始めた。
「あっ!...ダメ!
今イッたばっか......ひぁっ!」
あまりの快感に逃げる様に体を捩ると
「こらこら、何処へ行くんだい?」
と引き寄せられ、
確実にいい所を打ち付けられる。
誠一郎が満足して果てる頃には
紫音は精液と汗にまみれて
とろけるようにベッドに沈み込んでいた。
甘える様に誠一郎の厚い胸板に頭を寄せると、彼の大きな手はゆっくりと髪を掻き上げ、頬を撫でてくれる。
するっとフレームの細いメガネを取ると
彼の切れ長な瞳が覗いて、
紫音だけに向ける笑顔を見せた。
おおよそヴァイオリニストには見えない
鍛えられた体に包まれてバスルームまで運ばれると、紫音はぼんやりする頭で甘いアロマの香りにズブズブと溺れる。
ーー本当はこんなに甘やかされる
資格なんてないのに。
誠一郎に甘やかされれば甘やかされる程、2年前に逃げ出した沙月の事がチリチリと後頭部に針を刺す。
『ごめん。どんな顔をして会えばいいのか分からない』と短いメールを送ったっきりの沙月の泣きそうな顔が脳裏を掠めると、
誠一郎の愛情を受けている事に深い罪悪感が被さる。
自分はあれほどに救われておいて。
今彼女がどうしているのか考える事すら
おこがましく思えた。
「考え事かい?
......私の事でないとどうしてやろうか...。」
甘いテノールで笑って、
誠一郎がバスタブの後ろから脇へ腕を回す。
「......え? どうなんの?」
冗談で返して頭を麻痺させる。
その繰り返し。
「君の態度次第かな?」
「何だよ、それ。」
ハハッと紫音が笑うと
「私の腕の中で考え事をしていた罰だよ。」
と誠一郎は紫音の肩へ顎を埋めた。
「......ンッ!」
ぞろりと耳を舐め上げられて
紫音の鼻から甘い息が漏れる。
お湯がちゃぷちゃぷと
心地の良い音だけを奏でていた。
「明日からまた暫く帰れないからね...。
しっかり抱きしめておかないと......。」
「......。」
人気ヴァイオリニストの彼は
しょっちゅう家を留守にする。
明日からも1週間ほどイギリスまで
出かけなければならなかった。
紫音は彼の大きな手に自分の手を重ねて優しく撫でた。
どんな音色も自在に操る誠一郎の手は、
爪の先まで手入れが行き届いていて温かい。
「......また1人か...。」
この手を潰してしまったら
この人をここへ縛れるだろうか。
......こんな事考えるなんてどうかしてる。
それほどに、
今は一人になりたくなかった。
「......さみしい思いをさせてすまないね。」
湯船から名残惜しそうに体を起こした誠一郎は、紫音を優しくバスタオルでくるみながら
一呼吸置いて
「実はね...」
と続けた。
「......?」
紫音は誠一郎を振り仰ぐ。
「活動の拠点をイギリスへ移そうかと思っているんだよ。」
ーー!!
イギリス......。
そこは紫音のルーツであり
第2の故郷でもあった。
そして、更に彼から告げられた言葉に
紫音は目を見開いて体の全てを硬直させた。
「紫音も付いて来てくれるかい?」
ヒュッと喉が鳴った。
ーー付いていく?
......イギリスに??
そうしたら......
このどうしようもない気持ちから
解放される?
もう、
あの街を歩く事もない。
あの匂いを探す事も。
あの男を思い出すこともーー。
それはとても甘美な誘いの様に感じた。
「......もちろん、
すぐに答えを出せとは言わないよ。」
それなのに何故......。
「......。」
「私が留守にしている間に
考えておいてくれるかい?」
「......うん。」
何故...こんなにも戸惑っているのか。
喉から手が出るほど欲しかった選択肢
じゃないか......。
いや、分かっている
......分かっているーー。
紫音の胸の奥で、
痺れるような鼓動だけが
いつまでも鳴り続けていた。
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