21 / 28

Chapter21

「......うっ......ズッ......」 どれくらいこうしていたのだろうか。 紫音の温かい背中を撫でていた。 抱き締めるのを堪えた自分が 信じられないくらいだった。 ようやく紫音の荒かった呼吸が 少しずつ落ち着き始める。 そしてーー 「......You piece of shit......ッ!!」 突然。 はっきりとそう言うと 紫音は奈義の上着で盛大に鼻を噛んだ。 「ズビビビッ!!」 「うぉっ!! きっったねぇなオイ!!」 奈義は反射的に紫音の体を離した。 紫音は目も鼻も真っ赤にして奈義を見上げる。 そして。 「ざまーみろッ!!」 と吐き捨てると、 面食らっている奈義を尻目に 「帰る!!!」 と言って踵を返した。 「ちょちょちょちょ!! 待てって!! 紫音!!」 奈義は慌ててその背中を追う。 「送るから!! さすがに今のお前1人で帰すの不安だわ!!」 「うるせぇ! 付いてくんな!! 変態!! レイプ魔!!」 「レイ...ッ...いや...おいッて!」 奈義は紫音の腕を掴んで引き寄せる。 よろめいた紫音の体を受け止め、 その顔を覗き込む。 紫音は半分口を尖らせたまま 頑なに目を合わせようとしない。 「......バカやろ、何もしねぇよ!」 黙って俯いて動かない紫音の手を引く。 「......。」 「......いいから乗ってけって。」 奈義が握る手に力を込めると 紫音は渋々と手を引かれるがままに歩きだした。 ーーー 奈義は赤いスポーツタイプの車に乗り込み、 エンジンをかけた。 紫音の鼻水が付いた上着を後部座席へ放り投げ、ゆっくりとアクセルを踏む。 隣に座った紫音は、相変わらず口を尖らせて不貞腐れていた。 カーナビのディスプレイには 20:20の表示。 「ナビしろよ。」 「んー。右。」 不貞腐れてんのも可愛いと思うオレは、 随分重症なわけで。 ーーあぁ。 オレ、まだこいつのこと好きなんだ。 ............。 奈義はセンターコンソールに転がっていた煙草を一本取り出し、火をつけた。 「......バイパス入って。」 「おけ。」 紫音の指示に従いながら、奈義は車を走らせる。 カーブに差しかかると、 紫音の体がわずかにこちらへ傾いた。 一瞬だけ視線が重なる。 けれど紫音は、 何事もなかったようにまた窓の外へ目を向けた。 「......あのさ、紫音。」 不意に奈義は口を開いた。 「......ん?」 紫音は窓の外を見たまま答える。 「オレさ。 ガキの頃から、お前に憧れてた。」 「............。」 紫音は何も答えない。 「人気者で、運動神経もよくて。 明るくて、綺麗で。」 奈義はまっすぐ前を見たまま続ける。 「英語だってペラペラで......。」 少し息を吐いた。 「すげぇ、キラキラして見えた。」 「............。」 「だから......。」 言葉を探す。 「ずっと、お前の隣はオレじゃなきゃ嫌だった。」 「............。」 「変なプライドも、意地も捨てられなくて。」 ハンドルを握る指先に汗が滲む。 「紫音を傷つけたこと......。 本当に悪かったと思ってる。」 「............。」 「こんなんで許してもらおうとか、 そんなことは思ってねぇけど......。」 「............。」 「だけど......その......。」 奈義は言葉に詰まった。 ーー何言ってんだオレ。 完全に着地点見失ったし......。 そう思って言い淀んでいるとーー 「......バッカじゃねぇの。」 窓の方を向いたまま、 吐き捨てるように紫音が言った。 「恥ずかしいヤツ......!」 ーーまったくだよ。 ぐうの音も出ねぇわ。 そう思いながら、 奈義は紫音の横顔を盗み見る。 窓の外を睨むようにしている耳が、 真っ赤だった。 ............。 「......ごめん。」 ーー好きだ。 「本当............ごめん。」 ーー好きだよ。紫音......。 今なら、言える気がした。 「......ごめんな、紫音。」 けれど。 口から出たのは、 「ごめん」だけだったーー。 ーーー 「ここでいいから。」 そう紫音が言ったのは、 超がつくほどの高層マンションの脇だった。 ハザードを点けて左に寄せる。 「タ......タワマン......。」 奈義は少しだけ怖気付きながら、 その建物を見上げた。 車内からでは、 てっぺんを仰ぎ見ることすらできない。 「............ありがとう。」 紫音が少しだけこちらを見て呟く。 「......おぅ。」 奈義も短く答えた。 視線が重なる。 けれど紫音は、 すぐに目を逸らした。 左手がドアノブにかかる。 ーーあぁ。 ……行ってしまう。 そして。 あの男の元へ戻ってしまうーー。 ドアが開く。 ーー待ってくれよ。 『しーちゃん!! 待ってよ!!』 ............!! 「紫音!!!」 気付けば、 奈義は紫音の腕を掴んでいた。 驚いて振り返る紫音。 腕を握ったまま目が合う。 奈義は一度、喉を鳴らした。 「……あのさ……。」 「……?」 紫音は固まったまま、 目を瞬かせている。 奈義はもう一度、 腕を握る手に力を込めた。 「……また会いたい……。」 「......。」 紫音は俯いてしまった。 奈義は握った手を緩める。 やがて顔を上げた紫音は、 真っ赤な目と鼻のまま 小さくーー 一度。 それから、もう一度 頷いた。 ーーヴヴヴ......ッ! 紫音のスマホが震える。 紫音は画面を一瞥して 何も言わずにスマホをポケットへしまった。 その腕が...... ゆっくりと奈義の手から離れていく。 車のドアが、 無機質な音をたてて閉まった。 後ろ髪を引かれるように 紫音は奈義に背を向け歩き出す。 その顔は、奈義からは見えない。 「......グズッ......ずっ......うッ...ッ」 紫音は必死に声を押し殺しながら、袖で涙を拭った。 それでも、紫音の涙は止まらなかった。 奈義は、ただ 遠ざかっていくアッシュの髪を見つめていた。

ともだちにシェアしよう!