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第9話

稔さんを久しぶりに抱いたこの日の2日前、僕は大学を訪れていた。 古めかしいレリーフの彫られた灰色の巨大な校舎、広大な庭にふんだんに配置された植え込みや池、正門から正面玄関までのメタセコイア並木を目にすると、卒業して2年経ってもあっという間に学生時代にタイムスリップしてしまう。大学を卒業後、大手化学メーカーに就職し、セールスエンジニアとして忙しく働いている僕にとって、大学時代の、実験やレポート作成に追われていたとは言え、時間の全てを自分だけのために使える学生時代特有のどこかのんびりした日々は、懐かしかった。 この日は、僕がセールスしているある新素材について、坂下教授の書いた論文の一部を紹介パンフレットに載せる許可をもらいにきた。すでにほとんどの話は詰めてあるので、あとは書類何枚かにサインをもらうだけだ。 教授の研究室のドアをノックすると、中から返事が聞こえた。中に入ってみると相変わらず雑然とした部屋の中に、またしても美人と呼んでいい、容姿の整った男性がいた。稔さんと違って、今度の人は僕を見て、微笑んであいさつしてくれた。僕はその綺麗な笑顔にうっとりして見とれていた。 「おいおい、何ボーッとしてるんだ」 坂下教授が、うざったそうに顔をしかめながら、本に埋もれたデスクの陰から出てきた。 「全く、お前ってやつは油断も隙もない」 「な、どういう意味ですか⁉︎変なこと言わないでください!」 きょとんとしている男性を前に、僕は慌てて手を振った。 「ね、君、さっき言った資料、探して来てくれる?私はこの彼と話があるから」 男性は頷くと、僕にも目礼して部屋を出て行った。 「相変わらずですねえ、先生」 彼が部屋を離れたのを確認して、僕は言った。 「仕事は楽しくしないとな」 悪びれもせず言う教授を、僕は呆れて見ていた。

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