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第13話

「え…?」 「チラシを見た。演奏、良かった」 そう言ってくるりと踵を返し、去って行こうとした稔さんの耳が赤く染まっているのを見て、僕はもう一度彼の腕を掴んだ。 稔さんは僕に無関心だった訳ではなかったらしい。元々人付き合いの苦手なタイプで、僕のアピールにどう返したらいいのか分からなかったと言った。 「ごめんなさい。一方的にグイグイ来られちゃ怖いですよね。秋川さんを見たら嬉しくてつい…」 僕が恐縮して謝ると、稔さんは僕の手を払うことなく、少し温かみの加わった声で言った。 「別に怖くは無い。返し方に困っていただけで」 彼が僕を振り払わないことに勇気を得て、一歩踏み出した。 「あの、今日、もしこの後暇なら、ご飯食べに行きませんか?」 「…今日は部で打ち上げとかするんじゃないの?」 「いや、部活の連中とは練習中に散々飲み食いしたんで、今日はもう片付けたらおしまいです」 「…」 「来てくれたお礼におごります!」 「俺、すごく食うよ」 僕たちは演奏会が終わったら、また落ち合う約束をして一旦別れた。 あの日、演奏会後の後片付けで椅子や楽譜台を運んでいた僕は、10センチくらい浮いていたに違いない。妙に明るくハイテンションな僕を、部員たちは訝しげに眺めていた。 部室での反省会も早々に抜け出し、僕は小躍りせんばかりの勢いで待ち合わせの居酒屋に向かった。 居酒屋の入り口を潜ろうとした時、車寄せに黄色の軽自動車が入ってきた。助手席のドアが開き、降りようとしたのは稔さんだった。片足を降ろし、身体を外に出そうとしたところで、なぜか車の中にまた引っ張り込まれた。何か揉めているようだったので、助けに行こうと一歩踏み出したところで、稔さんが今度こそ降りてきた。怒っているようで、ドアをバンッと乱暴に閉めると、後ろも見ずにこちらに向かって来て僕に気づき、気まずそうな顔をした。 「大丈夫ですか?」 「うん、何でもない」 心配する僕に、彼はうるさそうに手を振ると、さっさと店に入って行った。

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