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第16話

男が僕を見て、稔さんの腕を押さえる力が緩んだのか、稔さんが男を突き飛ばした。 「秋川さん!大丈夫ですか⁉︎」 僕は稔さんのそばに飛んでいき、身体を抱き起こした。突き飛ばされた男は、服の埃を払いながら立ち上がり、ニヤニヤ笑いながら言った。 「ありゃ、ウブな王子様が迎えに来ちゃった。そいつだけじゃ物足りなくなったら、いつでも言ってくれよ。淫乱なお姫様」 稔さんがキッと睨むと、男は下品な笑い声を残して出て行った。 部屋に2人きりで残されて、気まずい空気が流れた。稔さんは何も言わず、乱れた髪や服を直した。鼻先から弾き飛ばされたらしい眼鏡が床の上に転がっていたので、僕が拾った。眼鏡を渡そうとした時、指先が触れ合ったので、稔さんが慌てて指を引っ込めようとした。僕は思わず、反対の手で彼の手を握った。稔さんは、バツが悪そうに俯いた。僕の中で何かのストッパーが外れかけていた。 「大丈夫ですか?」 稔さんは僕に手を握られて、目をそらしたままコクンと頷いた。 「でも、震えてますよ」 「大丈夫だから、離して…」 掠れた声で弱々しく言う稔さんを、僕は抱きしめた。突然のことに、彼は身体を強張らせた。 稔さんを抱きしめたまま、時間が流れた。どのくらいそうしていたのか、しばらくして、稔さんが僕を押しのけようとした。だが、僕は彼を離さなかった。 「小田切…?」 「あいつ、いつかの車の男でしょう。あいつに付きまとわれてるんですか?それとも、まだあいつと…」 「あいつのことは、君には関係ない!」 その突き放したような冷たい物言いに、僕はキレた。僕の腕から逃れようともがく稔さんの顎を掴んで上向かせると、彼の唇に僕の唇を重ねた。上向かせたせいで少し開いた口の隙間から舌を滑り込ませると、稔さんの舌に絡ませた。彼は僕の腕の中で身体を突っ張らせ、肩をドンドン叩いていたが、僕が唇を離さなかったので、そのうち静かになった。薄くてひんやりした、でも柔らかい稔さんの唇の感触を今一度確かめるように啄むと、唇を離した。

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