3 / 7

第3話

『第3話 託された想いと目覚める力』 朝日が差し込んでいた昼間とは打って変わり、夜の喫茶『ルナ』の店内は静まり返っていた。 カウンターでは凱が明日の仕込みを整え、奏太はテーブルを丁寧に拭き上げている。 「奏太、今日も一日お疲れ様。本当に助かったよ」 「ふふ、凱さんにそう言ってもらえると疲れなんて吹き飛びます!僕、もっともっと手際よくなって、凱さんを支えられるようになりたいです!」 そう言って無邪気に笑う奏太に、凱は愛おしさを込めた柔らかい眼差しを向けた。 しかし、その穏やかな時間は唐突に破られた。 びり、と空間が異質に歪み、禍々しい紫色の重圧が店内に満ち始める。 「……っ、奏太、私の後ろへ!」 凱は一瞬でいつもの柔和な表情を消し、冷徹な鋭い眼光とともに奏太を背後へ庇い投げた。 次の瞬間、空中に大きな亀裂が走り、外套を纏った一人の男が躍り出る。その手にはドス黒い魔気を放つ「死の剣」が握られていた。 「……久しぶりだな、魔族筆頭ルシフェリア族の凱……! いや、恐れ多くも竜神様のご遺児を騙す不貞な誘拐犯と言うべきか」 低い怨嗟の声を上げたのは、かつて神界最強と謳われた神族・ジャナード族の幹部であり、竜神の右腕だった男——ゼルーガだった。 「ゼルーガ……。なぜ人間界にいる」 「決まっている! 我が誇り高きジャナード族の主、竜神様を追放し死に追いやったお前たち魔王の一族から、奏太様をお救い出すためだ!」 ゼルーガの叫びに、奏太は息をのんだ。 (竜神……? 父さんのこと……!?) 「奏太様! 騙されてはなりませぬ!」 ゼルーガは血走った瞳で奏太を見つめ、切々と訴えかけた。 「神界において崇められた尊き『竜神』様の血を引くあなた様が、なぜ仇であるルシフェリア族の手元におられるのですか! その男は竜神様を死に追いやった邪悪な魔王の血族! 今すぐその男から離れなさい!」 「な……何を言ってるんだ……!? 凱さんがそんなひどい人なわけないだろ!」 奏太は思わず叫んだ。だが、凱は何も弁明しなかった。ただ静かに奏太を完璧に庇いながら、ゼルーガを鋭い眼光で見据えている。 「問答無用……! 奏太様を奪還し、竜神様の無念、この死の剣で晴らしてくれる!」 ゼルーガが跳んだ。紫の刃が極限の殺気を帯びて凱へと振り下ろされる。 本来の凱の力をもってすれば、反撃して退けることは易い。しかし——ここには奏太がいる。そして、大切な場所であるこの店を壊すわけにはいかない。 (奏太に恐怖も傷も与えさせるものか……!) 凱は一歩も引かず、最小限の魔力障壁を展開して刃を受け止めた。 きィん!と甲高い打撃音が店内に響き渡る。 だが、無念と執念が込められた「死の剣」の魔気は凄まじく、周囲を守るために無理な体勢で攻撃を受け続けた凱の腕から、鮮血が飛び散った。 「くっ……!」 「凱さん……!? 凱さんっ!!」 大好きな凱の腕から赤い血が散り、凱が小さく苦痛に顔を歪めた。 その光景を見た瞬間、奏太の頭の中で何かが激しく弾けた。 (いやだ……! 凱さんが傷つくなんて、絶対に嫌だ……!!) 胸の奥底、遠い記憶の彼方に眠っていた温かくも強大な「何か」が、愛する者を守りたいという激しい感情に呼応して、一気に解き放たれる。 ドクン、と鼓動が大きく跳ね上がった。 次の瞬間、奏太の全身から神聖で眩いばかりの黄金の光が溢れ出した。 その光は瞬く間に店内に広がり、ゼルーガが放っていた禍々しい紫の魔気を一瞬で消滅させていく。 「な……!? こ、この温かくも恐ろしいまでの神威は……!?」 ゼルーガは目を見開き、息をのんだ。 光の中心に立つ奏太の瞳は、深く澄んだグレーがかってみえる神秘的な色で神々しく輝いている。かつて神界最強と謳われた父親譲りの『神聖力』が、ついに目覚めたのだ。 「……凱さんに、手を出さないで!!」 奏太が手をかざすと、黄金の神気の波動がゼルーガを優しく、けれど圧倒的な力で押し返した。 「グッ……!? ぐああああっ!」 ゼルーガは吹き飛ばされ、路地へと転がり出る。 その瞳には、恐怖ではなく、言いようのない衝撃と感涙が浮かんでいた。 (間違いない……! この気高き神聖力、この波動……! 竜神様……竜神様の血が、奏太様の中に確かに息づいている……!) 膝をつき、肩で息をするゼルーガに向かって、凱が腕の傷をかばいながら一歩踏み出した。 「ゼルーガ。……お前の竜神様への忠義は本物だ。だが、聞きなさい。竜神様は我が父ディルに倒されたのではない。……ご自身の命が潰える間際、幼き奏太を守るために、自ら我が一族に奏太を託されたのだ」 「な……なんだと……!? 嘘だ……そんなはずが……!」 「嘘かどうか、今の奏太の瞳を見れば分かるはずだ。竜神様が愛したこの子を、我が一族が害することなど絶対にない」 凱の凛とした言葉と、凱の前に立って庇おうとする奏太の強い眼差し。 二人の姿を交互に見つめたゼルーガは、がくりと頭を垂れた。 「……竜神様……。私は……私は何を……」 錯乱と混乱のなか、ゼルーガは苦渋の表情を浮かべると、悔しそうに歯を噛み締めながら闇の中へと姿を消していった。 静けさを取り戻した店内。 張り詰めていた光がふっと消えると同時に、奏太は激しい眩暈を覚えて膝から崩れ落ちそうになる。 「奏太……!」 すささっと駆け寄った凱が、優しく奏太を抱き留めた。 「凱……さん……。よかった……無事で……」 凱の胸の中で安心して瞳を閉じる奏太。 凱は傷ついた腕も気にせず、愛おしそうに奏太を強く抱きしめ、その頭に静かに唇を寄せた。 「ありがとう、奏太。……私が君を守るつもりが、君に助けられてしまったな」 穏やかな夜の静けさの中で、二人の絆はより一層深く結ばれたのだった——。

ともだちにシェアしよう!