4 / 12

第4話

 その夜。  私は下町の酒場にいた。  身分を隠すために頭にターバンを巻いて髪を隠し、眼鏡をかけて変装のようなものをして一人、民の喧騒を聞きながら酒を飲んでいる。 「でさー!」 「ぎゃはは」 「ねーちゃんビールくれ!」  遊びに来ているだけではなく民の様子を見る事で国のあり方を探るためにも必要な事だという理由で夜間の外出許可を頂いている。  と、言うのは建前だ。 「お兄さん、一人?」  声をかけられてグラスから顔をあげると、そこにはゆるく波打つ茶色の髪と豊かな胸に、締まった腰つきの女性が――酒だろうか、液体の入ったグラスを持って立っていた。  ——来たな。  一夜の遊び相手を探すために酒場を放浪しているのだ。 婚約者候補もいるのだが余り好みではない上に、手を出すとあとが面倒だ。そのため後腐れない相手と遊ぶことにしている。  今夜の相手の見た目は少々好みから外れていてるが、身体つきは悪くない。  あとは私の事を知ろうと、探ろうとしないか、相手も同じように遊ぶだけの相手を探しているかを会話で探っていくだけだ。  こうして時折夜の街に出てはストレス発散のために男女問わず捕まえては身体を重ねている。  シズの事を言えた義理ではないのだが……城内だと変な噂が立つと広まるのも早い。そのため色目を使われたとしても気づかないふりをしてきた。  しかし彼の発散どころをなくしてしまったが大丈夫だろうか。  珍しい銀髪でこの国では少ない彫りの浅い顔だが綺麗な顔立ちをしている。城内で注目を浴びるのには十分だ。  誘惑も多いだろう。奇行に走らなければいいのだが……。  お、っと今宵の相手が拗ねている。  城の事は忘れて甘く酔いしれようか。  そうして日々が去り。  何事もなくいつも通りに執務をこなしては、夜に酒と甘い体に酔う日々を過ごしていた。  異界の旅人の彼はあれから特に風紀を乱すようなことを行っている様子はない。  誰にも見つからないように行動しているならば、目をつぶるしかないが―― 「ふぅ……」  書類を見すぎて目が疲れてきたな。切りがいいし、そろそろ剣を振りに行く事にするか。  机にかじりついてばかりいると腕が訛る。  執務室にも愛用している双剣を持ち込んでいて、それを手に取ると足取り軽く回廊を抜けて中庭へ向かった。 「……はっ!」  子供の頃から叩き込まれた基本の型を一通りなぞらえていく事から始める。  何をするにしても基本が成っていなければ上達は見込めない。  片手剣ではなく双剣を選んだのは父が振るのを拝見していて格好が良い。子供心にそう思った一心で決めた。  魔法も少々使えるが、本職の兄上には全く叶わない。  第一王子の兄上の魔力は歴代の王族の中でも最強と謳われている程で責務の間を縫っては魔法の研究を続けている。  第二王子は武にも魔にも見放されていて、兄上にも私にも敵わない事が本人もその事が棘のように根付いているようで、責務を付き合い程度にしかせずに取り巻きをつれて遊び惚けている。心情は察するがそのしわ寄せがオーギュスト兄上と私にくるのだから辞めていただきたい。知で勝負を成されては如何だろうかと常日頃思っているくらいには知はそこそこにご立派だと思うのだが。  しかし剣を振るうのは気持ちが良い。  身体を重ねる快感の気持ち良さもよいが、それとはまた違う爽快感を得られるので体を動かすことは好ましく思っている。 「ふっ!」  基本を通した後は一つ一つ技を磨いていく。  剣が風を切る音が心地よい。  そうしてどれほどに時間が経っただろうか。  体中から汗が流れてぐっしょりと着衣が濡れてしまった。  着心地悪さを感じて上半身の服を脱ぐ。 「お~、イイ身体」  どこからともなく控えめな拍手と柔らかい気の抜けるような声が聞こえた。  回廊の柱に凭れながらこちらをにこにこと笑顔でみているシズ。 「いたのか」 「通りかかったら見えたからね」  返事をしながらも彼の視線は私の顔ではなく、上半身を見ているような気がする。  目踏みされているような感じだが、王子である私に面と向かって失礼極まりない事を理解して……いないだろうな、彼は。  仕方がない。それとなく気を逸らすか。 「双剣に興味でも?」 「ん? んーそうだね。触っても?」  おや。体を見ていたわけではなかったのか? 「構わない。気をつけて持つように」  やった~と少年のように喜びながら片方の剣を受け取った。 「あれ、思ったよりも軽いんだ」  へぇーほぉーと何やら感心した声をあげて剣を観察している。  片手剣に比べれば軽い方だが、やはり青年か、見た目より意外に腕力があるのだな。 「君の世界では珍しいのか?」 「そうだね。戦争でも使うことはない骨董品だよ」  聞けば剣が使用されていないだけではなく、魔法も存在せず、使える者がいないらしい。  【核】を我々の世界では生活に利用しているが、彼らの世界では科学という技術があり生活を支えているという。  確かに【核】を利用し生活に根付かせたのは異界の旅人だと言われているのは、そこから応用したのであれば納得できる。  知恵も高いと言われるのはそのように生活で利用していたものをこの世界でも再現しようとした結果なのだろう。  また彼もそうなりうるのだろうか。鑑定というスキルと異世界の知恵を持つ彼の存在が国にとって好と出るか邪となるか――  そしてこの心に今まで感じたのとこない感情が生まれ始めていることに私は気づかなかった。

ともだちにシェアしよう!