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第5話
結局、雪乃が泣き止む頃には終業時間間際になっていた。
桐江は近くの会議室へと雪乃を連れて行くと、ここで待っているよう伝えた。
「一人にしたくないから」と言って、このあと最後の食事へと誘ってくれたのだ。
抱きしめられて桐江の温かさを知ってしまった。もっと一緒にいたいと思っていた雪乃が断るはずもない。
会議室の椅子に座り、桐江を待つ。顔が熱い。
冷静になってみれば、本社の上役に泣きつくだなんて、とんでもない痴態を晒してしまったのではないか。
良い大人が情けない。せめて食事の席では明るく振る舞おうと意気込む。
幸い桐江が戻ってくるまでに時間がかかったので、雪乃はそれまでに涙を引っ込め、心拍数も落ち着けることができた。
遅れた理由を聞けば、篠塚に大量の仕事を手渡してきたらしい。その量からして日付が変わるのは確実。梢との最後の夜は呆気なく消え去ったというわけだ。
「これまでの宇井くんの残業時間に比べれば大したことはない」
当然だと言い切る桐江に心が救われ、ようやく少し笑えた。
桐江が取引先の人に教えてもらっという和食屋さんで食事を楽しんだあと、解散するかと思いきやもう一軒飲んでいかないかと呼び止められる。
ここでついて行けば、終電は過ぎるだろう。桐江も、それを分かっていて雪乃を誘ってくれたような気がした。
「疲れてるなら、無理強いはしないけど」
「桐江さんが迷惑じゃなければ、御一緒したいです」
「何故、迷惑だなんて思うんだ?」
「だって聞いたでしょう。僕と篠塚さんの関係を。篠塚さんは男女関係なく付き合える人ですが、僕は完全に恋愛対象が同性なんです。もし好かれたら……って、警戒するのが普通ですよ」
自虐的に言ったが反応は怖い。
これまで自分の口からはっきりとセクシャリティを打ち明けたことはない。好きな人は今までにもいたが、嫌われるのが怖くて言えなかった。
桐江に話せたのも先に暴露てしまったからで、篠塚たちの会話がなければ絶対に隠し通した。
桐江は一つ肩で息をすると、雪乃に一歩近付き肩に手を置く。
「迷惑なら、最初から誘うわけないだろう。半年、俺の許で誰よりも頑張ってくれたからお礼もしたいし、宇井くんとの時間が楽しかったから、最後の夜を一緒に過ごしたいって思ったんだ」
「すみません。桐江さんを悪者にしようだなんて思ってないんです。ただでさえ嫌な場面を見てしまったのに、僕まで困らせたくないと思っただけで……。でも恥ずかしながら篠塚さんに言われたことも嘘ではありません。何もかもつまらない男なので、こんな僕を最後に誘ってくれて嬉しいです」
精一杯の作り笑いを浮かべる。気不味さはあれから拭えてはいない。
しかし桐江は事実を知っても雪乃を軽蔑もせず、接し方も変わらなかった。それが嬉しいと伝えた方が良かったと、言った後から気が付いた。
焦って喋ると良くない。上手く自分の気持ちを伝えるのは難しいと落胆する。
やっぱりここは身を引くべきかと思ったが、一瞬、体が揺れ、つんのめったと思った瞬間、桐江に抱き寄せられていた。
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