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第6話

「これでも、信じられない?」 「桐江さんが……ここまでする必要はありません」 「そうじゃない。俺を見て」  顎に手を添え、上を向かされる。  間近に桐江の顔があった。その眸に吸い込まれそうになり、雪乃は瞬きが出来なかった。 「君はとても素敵な人だよ」 「なん……で……」  慰めようとしてくれているのか。桐江は雪乃が言って欲しいセリフを、言って欲しいタイミングで伝えてくれる。  なのにこの優しさに甘えてはいけないと自制してしまう自分が嫌だ。  本当は震えるほど嬉しいくせに。  雪乃が何も喋れないでいると、戸惑っていると捉えたらしい桐江が体を離した。 「俺の方が、迷惑かけてるよな。大人気ない」 「そ……そんなこと、ありません。桐江さんほどの人が、僕なんかと一緒にいたい理由が見つからなくて」 「理由? そんなのいっぱいあるけど。全部言おうか? 話してて楽しいし、安らげるし、自然体でリラックスできる。それに笑った顔が可愛いし……」 「ちょっ!! もう、大丈夫です!! 僕も一緒にいたいです。すみません。こういうのに慣れてなくて、素直になれなくて」  話していて楽しいのは雪乃も同じだし、一緒にいてリラックスできるのも頷ける。しかし可愛いとはなんだ。  仮にも二十六になる男に可愛いなんて言うものなのか。上手い返し方が分からない。 「素直になった君の本音は?」 「今のが本音です。桐江さんが誘ってくれるのも、ずっと嬉しかったですし、今日の篠塚さんの話も本当は聞かれたくはなかったですけど、でも他の人じゃなくて良かったとも思ってます」 「それで?」 「僕も……もう少しだけでも一緒にいたい、です」  もう一軒飲みに行くだけで、ここまで拗らせなければ行けないなんて。だから篠塚にも呆れられてきたのだ。  長期出張でサポートに来てくれたのがもしも桐江でなければ、ここまでの関係にさえ至らなかっただろう。楽しく過ごすと決めたものの、桐江のように素直に気持ちを伝えるのは難しい。  少し歩き、桐江は一本裏の通りに入った。そこには看板もなく、ドアに小さく『 Quelle(クレヴェ)』とだけ書かれたバーがあった。 「ここも教えてもらったんだ。宇井くんにも教えてあげようと思って」 「桐江さん、すっかりこっちの人みたいですね。僕の知らないお店ばかりです」 「取引先の人に連れ回されたりしてたから。お陰で美味しいお店をいろいろ知れたけどね」  ドアを開けると、カウンターから「いらっしゃいませ」と言う声が聞こえた。  カウンター席は埋まっていて、壁際のテーブル席に腰を下ろす。  落ち着いた照明、心地よい音楽。テーブル席のソファーの座り心地も良く、くつろげる。  店員はカウンター内に立っている中年男性だけのようだが、客と話しながらも手際よくカクテルや軽食を提供している。あの人がここのマスターなのだろう。  中年とはいえ、所謂イケオジという部類の人だ。  桐江がカクテルを注文してくれる。壁に面して並んで座れるこの席は、さっきの和食屋よりも距離が近い。運ばれたカクテルで乾杯をする。  雪乃は一瞬でこの店が好きになった。    良い雰囲気の店内で、自然と距離が縮まった気がする。雪乃の左腕と桐江の右腕が触れていた。互いの膝も触れている。気付いていたが、どちらからも離れようとはしなかった。 「ねぇ、宇井くんが答えたくなければ答えなくても良いんだけど。篠塚のこと、今でも好きなの?」 「好き……とは言えないです。最初は勿論好きでしたけど。篠塚さんは僕のセクシャリティなど知らないのに付き合おうって言ってくれたんです。仕事中も優しいし、舞い上がってました。でもそんなのは最初だけで、僕がつまらない人間だと分かると一気に熱が冷めたみたいです」 「つまらないって何度も言うけど、俺は宇井くんといてつまらないなんて感じたことないけど」 「それは桐江さんの人間性ですよ。それに、ほら、僕たちは体の関係もないでしょう?」 「……まぁ、そうだけど」  桐江はセックスもつまらないと言っていたのを思い出したようで眉を寄せた。 「僕にとって、篠塚さんが何もかも初めての人なんです。それで、上手くできなくて。落胆させてしまったんですよね」  セックスにおいて『愛さえあれば』なんて綺麗事だ。  相手を満足させなければ気持ちは冷める。  篠塚を不機嫌にさせないために自分なりに勉強もしたが、実践となると恥ずかしくて上手く奉仕できなかった。  そのうち誘われなくなっていったのを、心の片隅では安堵していた。

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