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第9話

 それにしてもどこへ向かっているのだろう。駅に向かっているわけではなさそうだ。  何軒も飲み歩く人でもないし、雪乃は既にいつもよりも飲んでいて、もうアルコールの類は受け付けられない。  それとも雪乃が酔っているから覚ますために夜の街を散歩しているのか。  特に会話がなくても気まずさは感じない。桐江から放たれている空気感がそうさせているのかもしれないが、彼がさっきから上機嫌で鼻歌を歌っているからかもしれない。 「酔ってるんですか?」  つい、可愛らしく感じて訊いてしまう。 「まさか、あのくらいじゃ酔わないよ。酔ってるのは雪乃だろう?」  突然、雪乃と呼ばれてドキリとしてしまった。そうだ、桐江はもう恋人として扱ってくれているのだと思い至るまでにタイムラグが生じた。  フルネームで覚えてくれていたのが嬉しくて口許が緩む。 「楽しくて、いつもより飲んじゃいました」 「楽しい? 俺が明日帰るのに楽しいの?」 「いえ、この時間がずっと続けば良いのにって」 「続くように祈ってて」  着いた先はラブホテルだった。  一度だけ篠塚と来たことがある。でも雪乃との行為に満足出来ず、「ホテル代を無駄にした」と言われて以来、近寄ったこともない。 「入っていい? 二人きりになりたい」 「き、桐江さんが良ければ」  ホテルとは言え、他人が居ない適当な場所がここしかないというだけだ。期待しちゃいけない。桐江が自分に欲情なんてするはずがないじゃないか。  きっとこの言葉に他意はない。  桐江は変わらず鼻歌混じりに受付を済ませ、エレベーターに乗り込む。そこで肩を寄せられた。   「恋人って、どこまでしても良いの?」 「どこまでかまでは、考えていませんでした」 「これは、嫌じゃない?」 「嫌なわけないです」  五階までは直ぐに着いてしまった。  扉が開き、部屋に入る。広めの室内の真ん中に設置されているキングサイズのベッドが存在感を放っていた。  妖艶なライトは非現実的で、まるで竜宮城にでも迷い込んだのかと思ってしまう。  動揺している雪乃を尻目に桐江は慣れた様子でソファーにカバンを置くと、ベッドに腰を下ろす。 「こっちに来て」  隣に座るよう促され、返事もそぞろにぎこちなく座る。 「緊張しなくていいよ。雪乃の嫌がることは絶対にしないから」 「桐江さんにされて嫌なことなんてありません」 「そうやって無自覚に煽らないで。我慢できなくなる」 「我慢って?」 「ここまで来て、分からない? 俺は、いつでも君を抱ける」  桐江の顔が近付く。  キスをされるのかと思って息を呑んだ。

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