21 / 22

第21話

 ♦︎♢♦︎  日常が戻ってくると、雪乃は毎日慌ただしい日々を過ごしていた。  桐江と梢が本社へ帰ってから、篠塚の機嫌はすこぶる悪い。あれだけ仲良くしていた梢と一切連絡が取れなくなったようだ。  桐江から、手当たり次第男と遊んでいると聞いたのを思い出す。梢からすれば、会えない男に用はないのだろう。 「おい、雪乃。今日飲みに行くぞ」怒鳴るように誘われるが、こっちは篠塚から押し付けられた仕事と自分の仕事で手一杯だ。 「無理です。他の人を誘ってください」 「なんだ? お前、偉そうに言うじゃねぇか。桐江さんに褒められて調子に乗ってんの?」 「違います。単純に、篠塚さんが仕事してくれないから溜まってるんですよ」 「誰に向かって言ってるんだよ。俺なしじゃ何も出来なかったくせに。もう、俺ら別れる? なんか、飽きたわ」  脅し文句に雪乃が泣いて縋ると考えたらしい。ニヤニヤしながら見下ろしてくる。  けれど雪乃の心はすでに篠塚には向いていない。 「付き合ってましたっけ? 僕、遊び人は好きじゃないので。じゃあ、ミーティング行ってきます」  呆気に取られる篠塚を見もせず席を立つ。  桐江が帰ってから、雪乃は新たな目標を立てた。  いつか本社への移動を実力で捥ぎ取ると。  そのための一歩として、新規オープンさせるこのセレクトショップを成功させなければいけない。  やらなければいけない事が山程ある。篠塚の相手をしている時間はない。  残業も何もかも苦じゃなかった。これまで篠塚しかいないと思っていたのは確かだ。  でも桐江を通して実感したのは、この課には他に頼れる社員が沢山いると言うこと。  篠塚に気を遣って他の人との交流を最低限にしてきたのが勿体無いとさえ感じる。 「宇井くん、明るくなったよね」と言われる事が増えた。 「僕、仕事で大きな目標ができたので」自信満々に答える。気持ちが変われば見える景色も変わる。  篠塚に囚われていたあの頃の自分は捨てた。 ♦︎♢♦︎  あの夜、桐江と摂ったビデオは後に一度だけ見た。最初に数秒だけ桐江が映っていたが、直ぐにブレてしまい何も映せてはいなかった。  それだけなら良かったのだが、自分の喘ぎ声はとても聞いていられるものではなかった。桐江がよく萎えなかったものだと両手で顔を覆う。  結局、桐江のスクショを撮り、それを眺めることでモチベーションに繋げている。  三ヶ月後。レセプションパーティーを無事に終え、いよいよ新店舗オープン間近になった頃、異例の辞令が下された。 「なんで俺が……。こんな左遷同然の移動なんて……」  篠塚が地方への移動を命じられたのだ。周りの人たちはヒソヒソと声を落として話している。 「ぶっちゃけ、いてもいなくても変わらないよね」 「篠塚さんの仕事、ほぼ宇井くんがやってし。いっそ最初から宇井くんに任せた方が早いし」 「そうそう、機嫌が悪い人がいなくなってくれて良かったかも」  皆んな考えることは同じらしい。  自分だけが我慢していると思っていたが、そうではなかったと知れただけでも心が救われる。  篠塚は雪乃が何かしたのではないかと詰め寄ってきたが、何も知るはずもない。  周りの人が助けに入ってくれたのが余計に癪に触ったようで、篠塚は憤慨して出ていった。 「何あれ。まさか帰ったの?」 「もう解雇でいいよ。顔も見たくない」  女性社員の非難が溢れる。 『解雇』という言葉で思い出した。梢が今回の仕事で成果を上げなければ解雇になると、桐江が話していたのに関係があるのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!