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# 第6章 ランキング

 久世和真が初めて大きな酒を入れた翌日、HARUの名前はランキングの中ほどまで跳ね上がった。 「HARU、お前めちゃくちゃ上がってんじゃん」  出勤早々、先輩に肩を叩かれる。  悠麻は壁のランキングを見上げた。 「あ、ほんとだ」 「ほんとだ、じゃねえよ。一晩で何人抜いたと思ってんの」 「すごいですね」 「お前のことだよ」 「あはは」 「久世さんだっけ? すげえ客捕まえたな」 「そうですね」 「次いつ来んの?」 「分かんないです」 「連絡しろよ。あれだけ使う客なんだから、ちゃんと営業しろ」 「はい」  返事をして、もう一度自分の名前を見る。  もちろん、嬉しくないわけではない。  売上が増えれば給料も増えるし、下にいるより上にいたほうがいい。  ただ、一晩で突然ここまで上がったせいで、自分が何かを成し遂げたという実感はなかった。 「……すげえな、久世さん」  出てきた感想は、そちらだった。  *  数日後、和真はまた店へ来た。 「こんばんは、久世さん」 「こんばんは」 「今日早いですね」 「仕事が早く終わったから」 「飯は?」 「食べたよ」 「何を?」 「確認厳しくない?」 「前科あるんで」  和真が笑った。 「蕎麦」 「また?」 「好きなんだよ」 「へえ。好きだったんだ」 「前にも食べたって言わなかった?」 「食べたとは聞きましたけど、好きとは聞いてないです」 「そこ分けて覚えてるんだ」 「別の話じゃないですか」  悠麻はいつもの酒を作り、和真の前へ置いた。  一口飲んだところで、和真が訊く。 「今、十二位だね」 「……なんで知ってるんですか」 「入るとき見た」 「俺より気にしてません?」 「そうかもね」  和真はメニューを開いた。  その動きを見て、悠麻は嫌な予感がした。 「久世さん」 「何?」 「この前使ったばっかりですよ」 「うん」 「今日は普通に飲みましょうよ」 「これにしようかな」  指された酒を見て、悠麻は眉を寄せた。 「また高いやつじゃないですか」 「これなら順位上がる?」 「上がるでしょうけど……俺、上げてくれって頼んでないですよ」 「知ってる」 「じゃあなんで」  和真は少し考えた。 「上がっていくの、面白いから」 「俺のランキングで遊んでません?」 「ちょっとね」 「やめてくださいよ」  呆れて笑うと、和真も笑った。  結局、その夜も大きな金が動いた。  翌日。  HARUは九位になった。  *  ランキングが上がると、店での扱いも変わった。 「HARU、次こっち」 「はい」  それまであまり回されなかった席へ呼ばれるようになった。  新規の客につく機会も増えた。  そこで悠麻自身にも、少しずつ客がつき始めた。 「こんばんは」 「あ、HARUくん」 「この前ぶりですね。猫ちゃん、手術どうでした?」  女性が目を丸くした。 「覚えてたの?」 「先週って言ってたじゃないですか」 「無事終わったよ。もう家帰ってる」 「よかった。写真見せてもらったとき、めちゃくちゃ可愛かったから気になってたんですよ」 「そんなことまで覚えてるんだ」  嬉しそうに笑った女性は、その夜、初めて悠麻を指名した。  別の客には、 「この前の面接、どうでした?」  と訊いた。 「受かった!」 「ほんとですか? おめでとうございます」 「覚えてたの?」 「めちゃくちゃ緊張するって言ってたでしょ」 「そうなの! 聞いてよ、面接官がさ――」  前回喧嘩していた恋人と仲直りした客。  旅行から帰ってきた客。  仕事を辞めようか悩んでいた客。  悠麻は、その続きを聞くのが好きだった。  営業のために覚えているわけではない。  気になるから訊く。  訊けば、客は嬉しそうに話してくれる。  そして帰り際に、 「また来るね」  と言う。  その言葉のほうが、ランキングが一つ上がるより嬉しかった。  指名が増えた。  売上も増えた。  以前のように、一度酒を勧めて断られればすぐに引くことも少なくなった。 「これ、前に好きって言ってましたよね。今日一緒に飲みません?」 「珍しい。HARUがねだってる」 「たまには俺も営業しますよ」 「じゃあ入れよっかな」 「ほんとですか?」 「嬉しそう」 「そりゃ嬉しいですよ。ありがとうございます」  自分なりのやり方で、売上を作れるようになっていった。  けれど。  その数字の中で最も大きいものは、いつだって和真だった。  * 「七位だね」  店へ来るなり言われ、悠麻は笑った。 「また見たんですか」 「見た」 「好きですね、ランキング」 「最近ちょっと楽しい」 「俺のなんですけど」 「知ってるよ」  和真は席につく。 「六位までどれくらい?」 「知りません」 「嘘」 「ほんとですって」 「じゃあ聞こうかな」 「やめてくださいよ」  悠麻は笑いながら酒を作った。 「なんで俺より上げたがってるんですか」 「どこまで行くのかなと思って」 「久世さんが金使ったら、そりゃ上がりますよ」 「じゃあ上げよう」 「そういう意味じゃないって」  それでも和真は、本当に上げた。  七位。  六位。  四位。  三位。  和真が大きな金を使い、その間に悠麻自身の指名も増えていく。  最初は和真の金で押し上げられただけだったランキングに、少しずつ自分で作った売上も混ざり始めた。  それでも比率を考えれば、圧倒的に和真が大きい。 「HARU、三位じゃん」  出勤前、先輩に言われた。 「そうみたいですね」 「一位狙えるぞ」 「いやあ、どうですかね」 「久世さんならいけるだろ」  悠麻は苦笑した。 「……久世さん次第じゃないですか?」 「お前次第じゃなくて?」 「俺の客だけじゃ無理ですよ」  事実だった。  一位や二位にいるホストは、何年もかけて太い客を何人も掴んでいる。  自分が半年足らずでここにいる理由は、分かっている。 「ちゃんと分かってんだ」  近くにいた男が言った。 「そりゃ分かりますよ」 「へえ」  妙な言い方だった。  悠麻が見ると、男はもう隣のホストと別の話をしていた。  少し気になったが、それだけだった。  * 「まだ三位ですよ」 「今日、二位にする」  次に来た和真は、席につくなり宣言した。 「何言ってんですか」 「あとどれくらい?」 「知りませんって」  和真は本当にスタッフを呼んだ。 「ちょっと、久世さん」  差額を確認し、和真が満足そうに頷く。 「分かった」 「何がですか」 「二位まで」 「なんでそこまでして上げたいんです?」  和真は少し考えてから答えた。 「ここまで来たから」 「ゲームじゃないんですよ」 「分かってるよ」 「絶対分かってない」  悠麻は笑った。 「俺、一位になりたいなんて一回も言ってないですよ」 「言ってないね」 「だったら――」 「俺がしたいんだよ」  言葉を遮られた。 「HARUを一位にしたい」  あまりに真っ直ぐ言われて、悠麻は一瞬黙った。 「……久世さん、変ですよ」 「そう?」 「はい」  和真は気にした様子もなくメニューを開いた。  その夜、HARUは二位になった。  *  一位になったのは、その月の締め日だった。  和真はいつもより早く店へ来た。 「今日早いですね」 「大事な日だから」 「何が?」 「締め日」 「なんで俺より気合い入ってるんですか」  和真が笑う。 「一位まであといくらかも聞いてある」 「……久世さん」 「うん?」 「俺、ほんとにいいですよ」 「何が?」 「一位」  悠麻は苦笑した。 「二位でも十分だし。ちょっと前まで全然売れてなかったんですよ、俺」 「知ってる」 「だったら、もう――」 「あと一つだから」 「だからゲームじゃないって」 「ゲームだと思ってないよ」  和真がメニューを開いた。 「今日は普通に飲みましょうよ」 「それもいいね」 「でしょ?」 「一位にしてから」 「久世さん」  和真が注文した酒の名前を聞いて、悠麻は言葉を失った。  値段は知っている。  それを入れればどうなるかも。 「……本気ですか?」 「うん」 「俺、頼んでないですよ」 「知ってる」 「そこまでしてもらわなくても」 「俺がしたいんだよ」  また、それだった。  和真はずっと同じことを言っている。 「HARUが一番になったところ、見たいから」  そんなことを言われてしまえば、もう止めようがなかった。  悠麻は困って笑った。 「……ほんと、変な人」 「じゃあ変な客に付き合って」 「もう十分付き合ってますよ」  注文が通った。  大きな金が動いた。  翌日。  ランキングの一番上に、HARUの名前があった。 「……ほんとになってる」 「HARU!」  後ろから勢いよく肩を叩かれた。 「おめでとう! No.1じゃん!」 「あ、ありがとうございます」 「もっと喜べよ」 「嬉しいですよ」 「見えねえって」  悠麻は笑った。 「だって、ほぼ久世さんじゃないですか」  自分でも分かっている。  和真がいなければ、ここにはいない。  感覚で言えば、八割は和真だ。  けれど、残りの二割くらいなら、自分のものだと言ってもいいと思った。  最初の頃より指名は増えた。  自分を目当てに何度も来てくれる客もいる。  前に聞いた話を覚えていて、その続きを訊く。  それを喜んで、また来てくれる。  その二割は、自分で作った。 「久世さん、今日来るんだろ?」 「はい」 「喜ぶんじゃね?」 「たぶん俺より喜びますよ」 「何それ」 「ずっと一位にしたがってたんで」  笑いながらロッカーへ向かう。  途中で、何人かのホストとすれ違った。 「おはようございます」 「……おはよ」 「No.1、おめでとう」 「ありがとうございます」 「すげえな」 「いや、俺はそんな――」 「久世さん、だっけ?」  一人が言った。 「はい」 「いい客捕まえたよな」 「そうですね」  悠麻は普通に頷いた。  男が笑った。 「羨ましいわ」  言葉だけなら、祝福にも聞こえた。  けれど、なぜか引っかかった。 「じゃ、準備してきます」  その場を離れた。  着替えを終え、バックヤードのドアを開ける。 「お疲れさまです」  中にいた数人の会話が止まった。 「……お疲れ」  悠麻は少しだけ眉を寄せた。  何の話をしていたのかは知らない。  空いている椅子へ座り、スマートフォンを取り出す。  和真からメッセージが届いていた。 『今日行くよ』 『待ってます』  そう返してから、もう一つ打った。 『一位になってました』  返事はすぐだった。 『見た』 「もう知ってんのかよ」  思わず笑う。  続けて届く。 『おめでとう』  十二位のときも。  七位のときも。  三位のときも。  自分よりずっとランキングを気にしていた。 『ありがとうございます』  送信する。 「HARU」  呼ばれて顔を上げた。 「はい?」  さっきまで話していた男の一人だった。  けれど、男は悠麻の顔を見ると、 「……いや、なんでもない」  と笑った。 「?」  悠麻は首を傾げたが、それ以上は訊かなかった。 「じゃ、行ってきます」  立ち上がり、バックヤードを出る。  ドアが閉まりかけたところで、背後から小さな声が聞こえた。 「……久世の金で――」  足が止まった。  けれど、続きまでは聞こえなかった。  悠麻は振り返らなかった。  事実だ。  和真の金がなければ、一位にはなっていない。  自分が一番よく分かっている。  だから、何を言われても仕方がない。  そう思った。  フロアへ出る。 「HARU!」  名前を呼ばれた。  振り向けば、以前ついた客が手を振っている。 「あ、こんばんは」 「一位おめでとう!」 「ありがとうございます」 「今日、指名していい?」 「もちろん」  悠麻は笑って、その席へ向かった。  和真の金で上がったランキングだった。  けれど、この客がもう一度自分を選んでくれたことまで、和真の金で買ったわけではない。  今は、それで十分だと思った。

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