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# 第12章 半年間
### 視点:悠麻
和真から連絡が来たのは、店を見に来た二日後だった。
『明日、時間ある?』
短いメッセージを、悠麻はしばらく見つめていた。
わざわざ会うということは、完全に断るつもりではないのかもしれない。いや、断るために会う可能性だってある。
「……どっちだよ」
考えても分かるわけがない。
『昼なら大丈夫』と返すと、すぐに待ち合わせ場所が送られてきた。
*
「貸してもいいよ」
翌日、向かいに座った和真からそう告げられて、悠麻は一瞬反応できなかった。
「……ほんとに?」
「うん」
「マジで?」
「嘘ついてどうするの」
思わず身を乗り出す。
銀行を何軒回っても足りなかった金だ。それを和真が出してくれる。
「ただし、条件がある」
浮きかけた気持ちに、すぐ蓋をされた。
まあ、そうだよな。
金額が金額だ。何の見返りもないとは思っていない。
「何?」
「この前、何でもするって言ったよね」
店で頭を下げたときだ。
――何でもするから。
確かに、自分で言った。
「……言ったけど」
「今も?」
悠麻は少しだけ身構えた。
「何すればいい?」
和真は少し黙ったあと、言った。
「半年間、俺の玩具になって」
「……は?」
聞き間違いかと思った。
「何それ」
「そのままの意味」
「分かるように言って」
「俺と暮らす。帰ってくるのもここ。半年間、ほかの人とは寝ない」
そこでようやく意味が繋がった。
「身体の関係も持つよ。そういう意味で、半年間俺のものになって。それが条件」
悠麻は黙った。
想像していた利息や保証とは、まるで違う。
「……久世さん、男いけたの?」
「いけるよ」
「知らなかった」
七年前、和真がそんな話をしたことは一度もなかった。
悠麻は背もたれに身体を預けた。
半年間、和真の家で暮らし、身体の関係を持つ。
それにしても。
「なんで半年?」
「ちょうどいいから」
「何が」
和真が少しだけ笑った。
「昔、入れ上げてたホストに逃げられてから、時間持て余してたんだ」
「……俺のこと?」
「ほかに誰がいるの」
「あー……」
逃げた、という言い方には引っかかったが、何も言い返せなかった。
確かに和真には何も告げず、店を辞めた。
「そこに昔入れ上げてたホストが七年ぶりに戻ってきて、何でもするって言うんだから」
和真は何でもないことのように続けた。
「半年くらい、好きにしてもいいかなって思っただけ」
「……性格悪くなった?」
「元からだよ」
「嘘つけ。昔もっと大人しかったじゃん」
「HARUが知らなかっただけじゃない?」
七年前、和真は自分に随分な金を使った。
その自分が何も言わずに消え、七年後、金に困って戻ってきた。
そう考えれば、理解できなくもない。
「……趣味悪」
「断ってもいいよ」
「それとこれとは別」
悠麻は腕を組んだ。
和真が自分をどうしたいかより、今は確認しなければならないことがある。
「店は?」
「守る」
「必要な金は貸してくれるんだよな?」
和真が一瞬黙った。
「半年間、約束を守れば、悠麻があの店を続けられるようにする」
「それ、ちゃんと書面にして」
「もちろん」
「途中でやっぱなしとかもなし」
「悠麻が約束を破らない限りね」
それなら、生活についても問題はない。
店を辞める必要はなく、今まで通り夕方から働ける。深夜二時頃になる帰宅時間も、店の仕事に口を出さないことも確認した。
半年間だけ、帰る場所が和真の家になる。
そして、和真の玩具になる。
銀行を回った。融資を申し込んだ。制度も調べた。移転先も探した。
全部やって、それでも足りなかった。
だから最後に和真へ電話したのだ。
――何でもするから。
自分から言った。
半年が終われば、この関係も終わる。
店は残り、自分はそこで働き続ける。
男の経験がないわけでもない。好きでもない男と寝たことだってある。
それが半年間、和真一人になるだけだ。
「分かった」
和真が悠麻を見る。
「いいの?」
「うん。細かい条件は聞くけど、たぶん断らない」
「どうして?」
「店、残したいから」
それ以外に何がある。
「俺、自分で何でもするって言ったし」
「……そう」
「久世さんこそ、あとからやっぱやめたって言うなよ」
「言わないよ」
「じゃあ決まり」
半年。
身体まで含めても、それで店が残るなら安い。
悠麻は本気でそう思っていた。
*
### 視点:和真
その日の夜、和真は一人で契約書の案を見ていた。
悠麻と別れてすぐ、専門家へ連絡した。
金額が大きい。店も絡む。金のこと、店のこと、終了後のことだけは、きちんと形にしておくつもりだった。
「……暇、か」
昼間、自分が口にした言葉を思い出す。
よくもまあ、あんな嘘が出てきたものだ。
暇だったわけがない。
七年間、悠麻だけを待っていたわけでもない。
仕事をして、人にも会って、普通に生活していた。
それでも、忘れたことはなかった。
HARUは変わった。
自分が好きだった男はもういない。
そう思って諦めたはずだった。
なのに、あの小さなバーにいた。
客の話を聞いて、以前聞いたことを覚えていて、楽しそうに笑っていた。
七年前、自分が好きになった男が。
――半年くらい、好きにしてもいいかなって思っただけ。
それも嘘だ。
七年経っても忘れられなかった男だ。
半年でどうにかなるはずがない。
「半年間、俺の玩具になって」
自分で口にした言葉を思い出す。
我ながら最低だと思う。
玩具になんてしたいわけではない。
朝、同じ家で目を覚ましたい。
夜、帰ってくるのを待ちたい。
食事をして、くだらない話をして、今の悠麻が何を好きで何を嫌うのか知りたい。
触れたいし、抱きたい。
七年前には客とホストでしかなかった男と、一度でいいから同じ生活をしてみたかった。
その全部を、「好きだから」と言わずに手に入れるための言葉が、玩具だった。
悠麻は店を選んだ。
自分を選んだわけではない。
そこだけは、忘れてはいけない。
「……半年か」
一年では長すぎる。
一年も一緒にいたら、きっと終われなくなる。
半年なら、まだ終われる。
半年経ったら、店は残る。
悠麻は自分の生活へ戻る。
今度は突然いなくなられるのではない。
終わる日を、自分で決められる。
それならきっと、終われる。
和真はスマートフォンを手に取った。
『明日、契約の細かい話をしよう』
ほどなく返事が来た。
『了解。仕事前なら空いてる』
半年後には、このやり取りもしなくなる。
今度こそ、自分から終わらせる。
そう決めていた。
*
### 視点:悠麻
数日後。
「……広っ」
玄関に立った悠麻の第一声が、それだった。
「一人でここ住んでんの?」
「うん」
「無駄じゃない?」
「来て早々それ?」
荷物を足元に置き、遠慮なく奥を覗き込む。
「部屋いくつあんの?」
「あとで案内するよ」
「掃除大変そう」
「俺が全部やってると思う?」
「ああ、そういうやつか」
「どういうやつ?」
「金持ち」
「今さら?」
悠麻は少し笑った。
和真が荷物へ目を落とす。
「それだけ?」
「うん。必要になったら取りに戻るし。半年なら、これくらいで十分だろ」
「……そうだね」
悠麻は靴を脱いだ。
仕事は今まで通り続けられる。
半年間は和真以外の誰とも寝ない。和真が望めば、身体の関係を持つ。そして、この家へ帰ってくる。
それで店が残る。
「じゃあ、今日からよろしく。久世さん」
「うん。よろしく、HARU」
家へ上がりかけて、悠麻は止まった。
「……あ、それ」
「何?」
「HARUって呼ぶの、もうやめない?」
「どうして?」
「俺、もうホストじゃないんだろ」
和真と出会った頃、自分はHARUだった。
和真の前ではずっとそうだった。
「じゃあ、悠麻?」
「うーん……ユウでいいよ」
和真が黙った。
「何?」
「いや」
ほんの少しだけ、目元が柔らかくなる。
「ユウ」
初めて呼ばれた。
たった二文字なのに、妙に耳に残った。
「……変な感じ」
「自分で言ったんだろ」
「久世さんに呼ばれたことないから」
「そのうち慣れるよ」
「そうかな」
「半年あるから」
「ああ、そっか」
悠麻は荷物を持ち上げた。
「じゃあ、俺の部屋どこ?」
「こっち」
「風呂も見たい」
「あとで」
「冷蔵庫は?」
「逃げないよ」
「腹減ってんだって」
和真の後ろをついていく。
広い家の中に、二人分の足音が響いた。
半年後には、また元の生活に戻る。
悠麻はそう信じていた。
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