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第21章 知らない優しさ **
膝の上で、和真の手が背中を撫でていた。
いつもなら、もっと早い。服を脱がせ、反応を見て、欲しいところへ触れる。今日は違った。掌が肩甲骨の間をゆっくり往復し、濡れて冷えた肌を温めているだけのように見える。
「……久世さん」
「ん」
「寒いの、そっちだろ」
「ユウのほうが冷たいよ」
「嘘つけ」
言いながらも、身体は逃げなかった。和真のシャツはまだ湿っている。その熱が胸に直接当たる。悠麻は視線を逸らした。窓の外で雨が筋になって落ちている。自分の部屋だ。七年住んでいる、ごく普通の部屋だ。ここに和真がいること自体が、まだ少し現実味がない。
和真の指が腰のスウェットに入った。
「これも」
「分かってる」
自分で下ろす。下着の下で貞操帯が光った。和真はそれを見て、すぐに外そうとはしなかった。先に、悠麻の胸へ顔を寄せる。額で鎖骨をなぞり、唇が胸の中央へ落ちた。乳首にはまだ触れない。周囲だけを、何度も、熱を残すように舐める。
「んっ……」
くすぐったさは、もうほとんど残っていない。代わりに、触られる前から胸の尖がりが熱を持つ。和真はそれを知っているはずなのに、急がない。舌の腹で輪郭をなぞり、ようやく先端を含んだ。浅く。吸うというより、温度を移すような触れ方だった。
「ひっ」
「痛かった?」
「違う」
「どう違う」
「……分かんない」
本当に分からなかった。契約の夜と、会社の机の下と、同じ場所を触られているのに、今は身体の反応が先に出てしまう。和真の手が背中を支えているせいだ、と思いたかった。
貞操帯のロックが外れる音がした。解放されたものが、冷えた空気に当たって小さく跳ねる。和真はそれを優しく掌で包みこんだ。まだしごかない。熱を確かめるように握ったまま、もう一度胸へ口をつけた。左右を交互に。先が硬くなっても、強く摘まない。転がすだけ。悠麻の腰が小さく前へ出た。
「誘ってる?」
「久世さんのせいだろ」
和真が短く笑った。その笑いも、いつものものより静かだった。悠麻をソファへ下ろす。自分は上から覆いかぶさる形になる。濡れたスーツの下はまだ熱い。悠麻の脚を開いても、すぐには入ってこない。指が先に後ろへ滑り、ゆっくりと中を探った。きつい。雨で冷えた身体が、内側だけ熱を持っている。
「……入れるよ」
聞く必要はないはずだった。悠麻は小さく頷いた。
「契約だろ」
また、自分が先に言った。和真は「そうだね」とは返さなかった。額を悠麻の額につけたまま、ゆっくりと沈めてくる。途中までで、悠麻は息を詰めた。太い。深い。根元までは来ない。それでも、今までのどの夜より、内側を丁寧に押し広げられている気がした。
「っ……大きい」
「痛いか」
「違う。熱い」
和真が動き始める。浅く、ゆっくり。奥を狙うというより、全体を温めるような腰の使い方だった。胸には手が残る。指先が立った先を撫で、時々軽く摘まむ。強くはない。それでも悠麻の背中が反った。
「今日、ほんとに変」
「嫌になってきた?」
「そうじゃない」
「じゃあ、どう」
「……なんか、落ち着かない」
和真は答えなかった。代わりに、悠麻の唇を重ねた。短いキスが、途切れ途切れに続く。腰は止めない。中を擦られるたびに、閉じ込められていた熱が表面へ出てくる。悠麻は和真の肩を掴んだ。掴む場所を間違えたみたいに、指先がシャツの生地を掴んで離さない。
和真の腰が、途中で止まった。
抜けない。進まない。中にいる太さが、今までの深さで一度静止する。悠麻は天井を見たまま、和真の呼吸だけを待った。
「ユウ」
「ん」
「もう少し、奥までいいか」
悠麻は瞬いた。
奥。今でも十分届いている。熱いものが内側を押し広げて、呼吸のたびに存在を主張している。それ以上、どこへ行くというのか。和真の言葉の意味が、うまく繋がらなかった。
「……奥って」
「今の、もう一段」
「何それ」
入っているのに、まだ先があるみたいな言い方だった。意味が分からないまま、先に言葉が出た。
「もう奥だろ」
「まだ入る」
和真はそれ以上、言葉を重ねなかった。腰だけが、ごく小さく動く。引き抜かない。押し込みもしない。太い先が、悠麻の一番奥の壁を優しく叩く。こん、こん、と内側から届くような圧。行き止まりだと思っていた場所を、熱い先端が何度も撫でて、開くかどうか確かめるみたいだった。
「んっ……あっ」
浅い衝撃なのに、声が先に出た。壁を叩かれるたびに、知らない場所が熱を持って緩む。今まで届いたことのない奥が、叩かれるたびにくちゅ、と音を立てそうになる。悠麻の脚が、和真の腰へ絡みかけた。
一番奥まで入っているのに、まだ先がある。壁の向こうを、和真のものが優しくノックし続けている。悠麻にはそこまでの知識がなかった。ただ、だめな場所を触られている気がした。気持ちいい、というより先に、身体の芯が開いてしまう怖さがあった。
「あんっ……そこ、なに……っ」
和真はそれを返事だと受け取ったらしい。ノックする幅が、少しずつ深くなっていく。壁を叩いては沈め、叩いては沈める。一押しごとに、今まで届いたことのない場所が拓かれていく。
「あああっ……! 久世さん、深い……っ」
声が、自分の部屋に落ちた。雨音より近かった。和真は腰を止めた。全部を一気には埋め込まない。その深さで待ち、掌で悠麻の腹を撫でる。
「痛いか」
「ちが……っ、痛いんじゃない」
言葉にならない。圧迫の奥に、触られたことのない熱がある。
「そこ、入っちゃだめな気がする……っ」
「なんで?」
「気持ちよすぎる……っ、変になる」
言い終える前に、和真がもう一度、優しく壁を叩いた。悠麻の背中が反る。視界の端が白くなった。腰が勝手に揺れ、和真のものを咥え込む締め付けがより一層強まった。
「あっ、あっ、だめ、奥……っ、叩かないで……んあっ」
叩かないで、と言いながら、身体は逃げる方向へ動かない。和真の先端が行き止まりの先を浅く押し開き、また優しく戻る。その繰り返しだけで、悠麻の呼吸は崩れた。胸の先まで熱い。和真のシャツに擦れて、立った乳首が疼く。
「もうちょっと、我慢できるか」
聞きながら一緒に、和真の手が悠麻のものを包んだ。扱かない。先走りで濡れた茎を、親指で裏だけ優しく撫でる。奥をノックされながら、先を丁寧に甘やかされる。二重の刺激に、悠麻の膝が和真の脇で震えた。
「無理……っ、それ、同時は……ひっ」
「あともう少しだけ」
「我慢、できない……っ」
和真は速くしない。奥の壁を、こん、こん、と優しく叩き続けたまま、掌だけがゆっくりしごく。先を締めず、熱を逃さないように撫でる。
悠麻は和真の肩を掴んだ。力は入っていない。喘ぎ声がいつもより余裕がなくなる。
ただただ甘いだけの刺激に奥を叩かれるたびに息が先に折れて、次の声が形にならない。
「ひぎっ……っ、んぎっ、あっ……そこ、ひぐっ……っ」
肩にかけた指は弱いまま、脚だけが開いて、和真の腰に絡みつく。次の圧でまた声が潰れる。
「ひぎっ、だめ……っ、奥、んぐっ……あ、ひうっ、イき……っ」
潰れた声が漏れたあと、悠麻は反射で下唇を噛んだ。無様な喘ぎ声を押し殺そうとする。それでも奥を叩かれるたびに、喉の奥まで声がせり上がってくる。
和真が無言になったのを訝しんで悠麻を見た。
「噛むな」
「……っ」
「もっと聞かせて」
悠麻がまた唇を閉じかけたところへ、和真の口が重なる。短いキスじゃない。歯の間に舌を入れて、噛む隙間を先に塞ぐ。離れては重ね、離れては重ねる。息を吸うたびに唇を取られる。噛めない。逃げる場所がない。
「んっ……っ、待っ——」
言葉になる前に、また口を塞がれる。和真の腰は止まっていない。奥の壁を優しく叩いたまま、悠麻の声だけを口の中へ逃がす。噛めなくなった唇から、ひぎっ、というぶざまな音がそのまま溢れた。
「それ」
和真が耳の横で低く言った。
「隠すな」
次のキスで、また歯が開く。悠麻は和真の肩を弱く掴んだまま、逃げることも、声を止めることもできなくなっていた。
和真が、ノックのあとで一度だけ深く沈めた。行き止まりの先を優しく押し上げる角度。同時に、先を指の腹で円を描く。悠麻の口から、声にならない声が落ちた。
射精より先に、奥がイった。
行き止まりだと思っていた場所が、和真のものに拓かれたまま熱く脈打つ。まだ精液は出ていない。なのに腰の奥だけが先に崩れ、和真のものを咥え込んだ後穴が何度も強く収縮した。腹の底が熱い。中が、勝手にイっている。
「ひぎっ……っ、中、イって……っ」
そのあとで、ようやく性器が和真の掌の中で跳ねた。長くない。途切れ途切れに、熱いものが溢れる。奥でイったあとの射精は、出すというより絞り出される感じだった。和真は余韻で痙攣する奥に、太いものを埋めたまま、自分の熱を奥へ放った。
量が多い。広がる感覚が、今まで届いたことのない場所まで行く。悠麻の指が和真の背中で止まった。
「重い」
「もう少し」
「……分かった」
中に入れたまま、和真は動かない。額を悠麻の肩に預け、濡れた髪を耳の後ろへ払う。テーブルの端で、青いマグが二人の視線の外にある。悠麻は見ていない。和真だけが、一度だけ、その方向へ目を動かした。
「今日の、なんか違う」
「何が」
「全部」
「悪い?」
「分かんない」
本当に分からなかった。契約なら、もっと雑でもいいはずだった。なのに今は、奥まで入れられたあとも、和真の体温が離れない。雨の音だけが、ごく普通の部屋の窓の外で続いていた。
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