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第24章 水族館

水族館へ行くことになったのは、朝食を食べているときだった。  その日は店が休みだった。  トーストを齧りながらスマートフォンを眺めていると、向かいに座る和真が声をかけてきた。 「今日、何するの?」 「何も。久世さんは?」 「午前中に少し仕事するくらい」 「じゃあ昼から暇? どっか行く?」 「いいよ。ユウ、行きたいところある?」 「急に言われてもなあ」  近場のイベント情報を適当に眺めていると、青い写真が目に留まった。 「あ、水族館」  期間限定でクラゲの展示をやっているらしい。 「ここ行かない?」 「いいよ」 「じゃ、決まり」      *  平日とはいえ、館内にはそれなりに人がいた。  最初の大水槽で、悠麻は早速足を止めた。 「でか。久世さん、あれ見て」  大きなエイが頭上を通り過ぎる。ガラス越しに白い腹が見えた。 「うわ。顔みたい」 「顔じゃないの?」 「それ口だと思う。じゃあ目どこ?」 「上じゃない?」 「マジ?」  そこから妙な議論が始まった。  目はどれなのか。裏側のあれを顔と呼んでいいのか。エイが来るたび二人して見上げているうちに、随分時間が経っていた。 「……俺ら、ここ二十分以上いる」 「そんなに?」 「エイの顔だけで二十分使ったんだけど」 「ユウが気にするから」 「久世さんもめっちゃ探してただろ」 「気になったからね」  結局、正解は調べなかった。      *  その後も悠麻は、気になる水槽を見つけるたびに足を止めた。  岩陰から顔だけ出している魚を「絶対性格悪い」と決めつけ、チンアナゴには近づくたび逃げられた。 「こいつ俺のこと嫌いなんじゃない?」 「警戒されてるね」 「何もしてないのに」 「近づいてるからじゃない?」  和真は笑いながら、そのあとをついてきた。  悠麻が立ち止まれば止まり、進めば一緒に進む。      *  クラゲの展示へ入ると、空気が変わった。  暗い館内で、青や紫の光に照らされたクラゲがゆっくりと漂っている。 「綺麗だな」 「うん」  大きな水槽の前で、二人してしばらく黙った。 「ずっと見てられる」 「好き?」 「うん。なんかいい。こいつら何考えてんだろ」 「何も考えてないんじゃない?」 「いいなあ。仕事行かなくていいし」  和真が笑った。  悠麻も笑い、スマートフォンを取り出す。  何枚か撮ってみたが、どれも暗い。 「全然綺麗に撮れねえ。久世さんやって」 「はいはい」  渡したスマートフォンで和真が撮る。 「お、綺麗。あとで他のも頼むわ」  そう言って、悠麻は満足して先へ進んだ。      * 「ペンギン!」  悠麻が足を速める。  ちょうど餌やりの時間で、飼育員の周囲にペンギンが集まっていた。  一羽だけ、なかなか魚を取れない。 「あいつ食えてない」 「そのうちもらえるよ」 「あ、また取られた」  いつの間にか悠麻は、その一羽ばかり追っていた。  次の魚が投げられる。  今度は取れた。 「食った!」  思わず和真の腕を掴む。 「見た?」 「見たよ」 「よかったー」  満足して手を離した悠麻を見て、和真が笑った。      *  外へ出た頃には、空が夕方の色に変わっていた。 「疲れた」  悠麻は大きく伸びをしながら、今日撮った写真を眺める。 「クラゲ、やっぱ綺麗だな」 「うん」 「でも次はもっとでかいとこ行きたい。ジンベエザメとか、イルカいるとこ」 「大きいところ?」 「今日いなかったじゃん」  画面をスクロールしながら、何気なく言った。 「また来ような、久世さん」  返事がない。  悠麻は振り返った。 「久世さん?」 「……うん」 「何?」 「何でもないよ」 「次はイルカいるとこな。久世さんも行きたいとこ考えといてよ」 「俺も?」 「俺ばっか決めんのずるいじゃん」  和真は少し黙ってから、 「分かった。考えとく」  と答えた。  今日が楽しかった。  だから、また行きたい。  次はイルカでもいい。別の場所でもいい。  久世さんとなら―― 「腹減ってない?」 「さっき食べなかった?」 「歩いたら減った。帰ったら何か作ろっかな」 「食べたい」 「じゃあ親子丼にする? 鶏肉まだあったよな」 「あると思う」 「帰りスーパー寄ろ」  話はあっさり夕食へ移った。  悠麻にとって、「また」はそれだけの言葉だった。  楽しかったから、もう一度。  今日一緒にいた相手と、次も一緒に行く。  それを疑う理由がなかった。      *  和真だけが、その言葉を引きずっていた。  ――また来ような。  半年。  始める前から、終わる日は決まっている。 悠麻が望む店を渡して、自分は半年間の思い出をもらう。   それで終わりにする。    その先の約束をするつもりはなかった。  なのに、水族館へ来ることも、帰りにスーパーへ寄ることも、一緒に夕食を食べることも、予想してなかった。  今では、そういう時間が増えている。 「次、イルカな」  悠麻が念を押した。  和真は一瞬だけ目を伏せた。 「……うん」  約束するつもりはなかった。  それなのに、その一言は拒めなかった。

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