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第25章 誕生日
最近、和真は毎日のように店へ来る。
一緒に店へ向かうわけではない。
昼前に起きて、和真と遅い食事をとる。しばらく同じ部屋で過ごし、夕方になれば悠麻だけが先にマンションを出た。
和真が店へ来る時間は決まっていない。
開店してすぐの日もあれば、二十二時を過ぎてからの日もある。
気づけば扉が開いて、見慣れた男が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
他の客と同じように迎えると、和真も他の客と同じ顔をしてカウンターの隅へ座る。
そこがいつの間にか定位置になっていた。
「今日、遅かったな」
「仕事してたからね」
「お疲れさま。何飲む?」
「これ」
示されたボトルを見て、悠麻は眉を寄せた。
「また?」
「うん」
「久世さんさ、毎回高いの頼まなくていいんだけど」
「飲みたいから頼んでる」
「好きなの飲めよ」
「好きだよ」
「この前違うの飲んでただろ」
「今日はこれが好き」
「絶対嘘」
言っても、和真は笑うだけだった。
毎回、無駄に高い酒を頼む。
一本入れれば悠麻が値段を気にするようなボトルばかりで、もっと安いのでいいと言っても聞かない。
最初のうちは止めていたが、最近は半分諦めていた。
和真は一人で来て、一人で飲む。
悠麻が他の客と話しているときは邪魔をしない。カウンターの隅で静かに酒を飲み、ときどき近くの客との会話に混ざる。
そして、一時の閉店まで待っている。
片づけを終えれば、一緒に店を出てマンションへ帰る。
どうせ家に帰れば会えるのに、なぜ毎日のように来るのかは分からない。
それでも、扉が開くたびにそちらを見るのが、いつの間にか癖になっていた。
◇
誕生日の前日も、いつもと変わらなかった。
昼前に起きて、和真と食事をする。
和真は何も言わなかったし、悠麻も自分から誕生日の話はしなかった。
三十一にもなって、明日誕生日なんだ、とわざわざ言うのも変な気がする。
夕方になれば支度をして、一人で店へ向かった。
店を開け、客を迎える。
そしてその夜も、和真はいつものようにやって来た。
カウンターの隅に座り、酒を飲む。
零時を回った頃だった。
「ユウ」
「ん?」
呼ばれて、和真の前へ行く。
「何? おかわり?」
「いや。これ」
和真が足元から紙袋を持ち上げた。
「何?」
「誕生日プレゼント」
「……え?」
「誕生日おめでとう」
悠麻は壁の時計を見る。
零時を少し過ぎていた。
「あ、今日か」
「自分の誕生日忘れてたの?」
「日付変わったの気づいてなかった」
紙袋を受け取る。
「開けていい?」
「どうぞ」
中から箱を取り出して蓋を開けた。
「……え」
形の違うグラスが何脚も並んでいる。
一つ取り出しただけで分かった。
「久世さん、これめちゃくちゃ高いやつじゃん」
「ユウ好きそうだなって。気に入った?」
「マジか……」
以前、店で使うグラスを探していたときに見たことがある。欲しいと思って、値段を見て諦めたものだ。
「これ、店で使っていいの?」
「そのつもりで買ったんだけど」
「すげえ。めっちゃ嬉しい」
自然と顔が緩む。
「ありがとう。大事に使う」
「うん」
箱へ戻しかけて、悠麻は手を止めた。
「久世さん、これで飲む?」
「今?」
「せっかくだし。一番最初」
グラスを一脚だけ洗い、丁寧に拭き上げる。
「何入れる?」
「任せる」
「じゃあ――」
酒を選んで注ぐ。
照明の下で見ると、いつもの酒が少し違って見えた。
「おお……いいじゃん」
満足して、和真の前へ置く。
「はい。第一号」
「ありがとう」
和真が口をつける。
「どう?」
「美味しいよ」
「だろ?」
「ユウが作ったからね」
「今グラスの話してんだけど」
笑ったところで、
「すみません」
別の客から声がかかった。
「はーい」
悠麻はすぐにそちらを向く。
「じゃ、久世さんごゆっくり」
「うん。仕事しておいで」
「言われなくても」
箱を大事にカウンターの下へしまい、悠麻は仕事へ戻った。
◇
一時になり、最後の客を見送った。
「ありがとうございました。またお待ちしてます」
扉を閉めて鍵をかける。
店内に残ったのは、悠麻と和真だけになった。
「終わったー」
悠麻は息を吐きながらカウンターへ戻った。
和真はまだ、もらったばかりのグラスを使っている。
「気に入った?」
「うん」
笑いながら、空いたグラスを片づけ始める。
ふと、新しいグラスが目に入った。
「……そういやさ」
「何?」
「久世さんの誕生日っていつ?」
和真が日付を答えた。
悠麻の手が止まる。
「……え?」
「何?」
「終わってんじゃん」
「うん」
「数週間前じゃん!」
「そうだね」
「言ってよ!」
「聞かれなかったから」
「いや、俺だけこんなのもらってんの嫌なんだけど」
悠麻はカウンターの下にしまった箱を指した。
「何欲しい?」
「別にないよ」
「何かあるだろ」
「ないな」
「物じゃなくてもいいから。食いたいものとか、行きたいとことか」
「特にない」
「じゃあ考えて」
「今?」
「今」
「無茶言うね」
「何でもいいから」
和真はしばらく考えていたが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「あ」
「ある?」
「この前、ここの客が話してたやつ」
「何?」
「カップルでやるアプリ」
「……ああ、あれ?」
悠麻も思い出した。
少し前、客同士が話していた。マンネリ気味のカップルにおすすめだという、ランダムで役を決めて遊ぶロールプレイのアプリだ。
「久世さん、あれやりたいの?」
「ちょっと面白そうだったから」
「意外」
「駄目?」
「いや、いいけど。そんなのでいいの?」
「うん」
「じゃ、帰ったらやろうぜ」
「楽しみ」
「久世さんがそういうのやりたがるとは思わなかった」
悠麻は笑いながら、グラスを洗い始めた。
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