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第26章 ロールプレイ
一時になり、最後の客を見送った。
「ありがとうございました。またお待ちしてます」
扉を閉め、鍵をかける。
ようやく店内が静かになった。
「終わったー」
悠麻は大きく息を吐いて、カウンターへ戻った。
和真はまだいつもの席にいる。
その手にあるのは、さっきプレゼントでもらったばかりのグラスだ。
「気に入った?」
「うん」
笑いながら、悠麻は片づけを始めた。
空いたグラスを下げ、ボトルを元の位置へ戻す。
新しいグラスの箱が目に入ったところで、ふと思った。
「そういや、久世さんの誕生日っていつ?」
和真が日付を答えた。
悠麻の手が止まる。
「……え?」
「何?」
「終わってんじゃん」
「うん」
「数週間前じゃん!」
「そうだね」
「言ってよ!」
「聞かれなかったから」
「普通言うだろ」
「そう?」
「俺だけこんなのもらってんの、なんか嫌なんだけど」
悠麻はカウンターの下にしまった箱を指した。
「何欲しい?」
「別にないよ」
「別にじゃなくて」
「本当にないんだよね」
「何かあるだろ。物じゃなくてもいいし。食いたいものとか、行きたいとことか」
「特にないな」
「考えて」
「今?」
「今」
和真は困ったように笑った。
「無茶言うね」
「何でもいいから」
「……何でも?」
「俺にできることなら」
和真はしばらく考えていた。
やがて、何かを思い出したように顔を上げる。
「あ」
「ある?」
「この前、ここの客が話してたやつ」
「何?」
「カップルでやるアプリ」
「……ああ、あれ?」
悠麻も思い出した。
少し前、カウンターで客同士が話していた。
付き合いが長くなってマンネリ気味のカップルにおすすめだという、ランダムで役を決めて遊ぶロールプレイのアプリ。
「久世さん、あれやりたいの?」
「ちょっと面白そうだったから」
「へえ。意外」
「駄目?」
「いや、いいけど。そんなのでいいの?」
「うん」
「じゃあ帰ったらやろうぜ」
「楽しみ」
「久世さんがそういうのやりたがるとは思わなかった」
悠麻は笑いながら、残っていたグラスを洗った。
◇
マンションへ戻ったのは、二時を少し過ぎた頃だった。
シャワーを浴び、部屋着に着替えてリビングへ行く。
和真はすでにソファに座っていた。
「久世さん、アプリどれ?」
「これじゃない?」
差し出されたスマートフォンを覗き込む。
「ああ、多分これ」
恋人同士で役になりきって遊ぶ。
画面に表示される二つの役をそれぞれ演じ、飽きたら次へ。
説明はそれだけだった。
「簡単だな」
「やってみる?」
「いいよ」
和真が画面を押す。
派手なルーレットが回り始めた。
「何出るかな」
いくつもの役名が流れ、やがて速度が落ちていく。
止まった。
【新人ホスト × 太客】
「……」
悠麻は画面を見る。
「久世さん、新人ホストだって」
「ユウは?」
「太客」
思わず笑った。
「逆じゃない?」
「ユウが新人やっても面白くないでしょ」
「ああ、確かに」
悠麻はソファの上で向きを変えた。
「じゃあ久世さん、今日から新人ね」
「よろしくお願いします、先輩」
「俺、客なんだけど」
「元先輩」
「まあいいけど」
何からやらせようかと考える。
「まず新人は先輩の言うこと聞かないとダメだから」
「そうなの?」
「そう。店によるけど、上下関係厳しいところもあるし。勝手なことしない。分かんなかったら先輩に聞く」
「はい、先輩」
「いい返事」
「それで、俺は何をすればいいの?」
「そうだなあ……」
悠麻はテーブルを見回した。
「まずテーブルはちゃんと見る。グラスとか灰皿とか」
「灰皿?」
「お客さんがタバコ吸うならね。いっぱいになる前に替える」
「なるほど」
「あと火もつける」
「タバコの?」
「そう」
二人とも吸わない。
当然、テーブルにタバコもライターもなかった。
「練習できないね」
「やるふりでいいじゃん。ほら、俺が客」
悠麻は指先にタバコを挟んだふりをして、口元へ運んだ。
「はい」
和真が架空のライターを近づける。
「あ、それダメ」
「もう?」
「反対の手」
「何するの?」
「こう」
和真の手を取る。
「火つけるとき、こっちの手添えるの。こんな感じ」
「へえ」
「お客さんが自分でつける前に気づけたらいいけど、話してると忘れたりするから。テーブル全体見る癖つけとく」
「結構大変なんだね」
「慣れたら勝手にできるよ」
「他は?」
「いっぱいある」
聞かれるまま、悠麻は指を折った。
「ヘルプについたときの動き方とか、担当より出しゃばらないとか。席で話したことも覚えといたほうがいいし、お客さんの名前間違えるのは最悪」
「ユウは間違えなさそう」
「俺、そういうの覚えるの得意だったから」
「向いてたんだ」
「まあ、それなりに」
悠麻は笑った。
「でも接客だけしてればいいわけじゃないから。売上もあるし」
「ノルマ?」
「店によってはね。新人でもずっと売上ないままってわけにはいかないし。イベント前とかは――」
言葉が途切れた。
「……」
「イベント前は?」
「イベント前は?」
「んー……」
悠麻はそこで言葉を切った。
何を説明しているんだろう、と急に思った。
ロールプレイをするはずだったのに、いつの間にか新人相手の講習みたいになっている。
悠麻は和真の手からスマートフォンを取った。
「やっぱこれやめない?」
「え?」
「俺、ずっと仕事の説明してるだけじゃん。全然ロールプレイしてない」
「俺は面白かったけど」
「俺が面白くない」
「それは困るね」
「だろ。次、次」
悠麻はさっさと画面を操作した。
「もっと遊べるやつにしようぜ」
「今のも遊んでたつもりなんだけど」
「あれは新人研修」
「勉強になりました、先輩」
「だから俺は客だって」
笑いながら、もう一度ルーレットを回す。
派手な色が画面の中をぐるぐると回った。
「今度こそ変なの来い」
言いながら画面を見る。
ルーレットの勢いが少しずつ落ちていく。
役名が一つずつ読み取れる速さになり、最後にぴたりと止まった。
【医者 × 患者】
「お、医者」
「ユウが患者」
「久世さんが先生ね」
悠麻はスマートフォンをテーブルへ置き、ソファに座り直した。
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