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第40章 明日も
二月も終わりに近づいていた。
昼間は少し暖かくなったが、夜はまだ寒い。
店を閉めて外へ出た悠麻は、隣を歩く和真に言った。
「今年、桜いつ咲くかな」
「三月の終わりくらいじゃない?」
「じゃあ見に行こうよ」
深く考えて言ったわけではなかった。
「いいね」
「どっかいいとこ知ってる?」
「何ヶ所か」
「じゃあ久世さんが決めて」
「ユウが行きたいところでいいよ」
「またそれ。最近そればっかじゃん」
「嫌?」
「嫌じゃないけど。たまには久世さんが決めろよ」
「分かった」
それで話は終わった。
春になったら、二人で桜を見る。
約束をしたという意識すら、悠麻にはなかった。
ただ、そうなるのだと思っていた。
*
最近、こういうことが増えた。
春になったら。
今度は。
次の休みは。
気づけば悠麻の口から出る未来には、当たり前のように和真がいる。
半年近く一緒に暮らしたせいかもしれない。
昼前に起きれば和真がいる。一緒に食事をして、悠麻は店へ行く。夜になれば和真が店へ来て、閉店まで待っている。二人で帰って、同じベッドで眠る。
それがもう日常だった。
契約終了まで、あとわずか。
けれど悠麻にとって、終わるのはあくまで契約だった。
店を助けてもらう代わりに、半年間、和真のものになる。
その約束がなくなるだけだ。
*
夜、ベッドの上でスマートフォンのカレンダーを見ていた悠麻は、契約終了の日付で指を止めた。
「久世さん」
「何?」
「契約終わったあとなんだけど」
本を読んでいた和真が顔を上げる。
「俺、これからもここに帰ってきていい?」
「……うん」
「店から近いしさ。今さら別の部屋探すのも面倒だし」
それだけではない。
けれど、そこまで言うのは妙に照れくさかった。
「ご飯も今まで通り作るよ。洗濯も――」
「そのつもりだったよ」
「え?」
「契約が終わっても、ここに住めばいい」
悠麻は少しだけ拍子抜けした。
なんだ。
同じことを考えていたのか。
「じゃあ、あんま変わんないな」
「何が?」
「生活。今までと」
店へ行って、帰ってきて、飯を作る。
契約がなくなるだけだ。
「寝室どうする?」
「寝室?」
「契約終わったら。ずっと同じベッドってのも変かなって」
「ユウはどうしたい?」
「……俺はこのままでいいけど」
「じゃあ、このままでいいよ」
「うん」
悠麻は満足してスマートフォンへ視線を戻した。
そのつもりだった。
和真の言葉を、そのまま自分と同じ意味に受け取った。
この部屋で、今までと同じ生活を続けるつもりなのだと。
和真が考えていたのは、違う。
契約終了後も、悠麻はここに住む。
そのための手続きは、すでに進めてある。
ただし、そこに自分の姿はない。
*
店では、空いた時間にカクテルの試作を続けていた。
ベースも香りもほぼ決まった。甘さも和真の好みに近づいている。
少量を作って口に含む。
「……もうちょい」
悪くない。
けれど、和真に出すならもう少しだけ詰めたかった。
作り直そうとして、ふと思う。
完成は、契約が終わる日でいい。
半年間ありがとう。
そういう意味で作り始めた一杯だった。
今は、それだけではない。
契約が終わっても、同じ家へ帰ってくる。
和真の食事を作る。
同じベッドで眠る。
春になったら、一緒に桜を見る。
半年が終われば、二人の間から契約だけがなくなる。
悠麻はそう思っていた。
だから最後の日に、この酒を渡そう。
半年間ありがとう。
そして、これからもよろしく。
悠麻は試作用のグラスを洗った。
窓の外はまだ寒い。
けれど、春はもうすぐそこまで来ていた。
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