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第41章 あいつも大変だったんだよ
契約終了まで、あと数日だった。
その日、和真が悠麻の店へ向かう時間は、いつもより少し遅くなった。
仕事が長引いたわけではない。
最近は、店へ行く前に少しだけ遠回りをすることがある。
残りの日数を意識するようになってから、悠麻の顔を見るまでの時間を、妙に惜しむようになった。
会いたい。
けれど、会えばまた一日が終わる。
そんな馬鹿なことを考えながら、和真は夜の繁華街を歩いていた。
「――久世さん?」
呼び止められて足を止める。
振り返った先にいた男を見ても、すぐには分からなかった。
「やっぱり久世さんだ。覚えてない?」
「……ごめん」
「ひどいな。まあ、七年も前だしね」
七年。
その言葉で、記憶の奥にあった顔と目の前の男が重なった。
「ああ。HARUと同じ店にいた?」
「そうそう。思い出した?」
「顔は」
「名前は?」
「……ごめん」
「やっぱ覚えてないじゃん」
男が笑う。
七年前、何度も見た顔だった。
悠麻と同じ店で働いていたホストの一人だ。
「相変わらずだね、久世さん」
「何が?」
「全然変わってない。今もこの辺来るんだ」
「まあね」
「懐かしいな。昔めちゃくちゃ店来てたもんね。HARU指名で」
「そうだったかな」
「そうだったよ。ああ、HARUっていえばさ」
男は懐かしむように笑ったまま、何でもないことのように続けた。
「あいつも可哀想だったよなあ」
和真は黙った。
「凄い勢いで売れたから目つけられて。結構いじめられてたし」
「……」
「まあ、あの店も色々あったからな。俺も結局辞めてさ。今は別の店で――」
「待って」
男が口を止めた。
「何?」
「今、何て言った?」
「え?」
「HARUのこと」
「ああ……」
男は少し考えた。
自分が何を言ったのかすら、すぐには分からなかったらしい。
「可哀想だったってやつ?」
「そのあと」
「いじめられてた?」
「それ」
和真は男を見た。
「どういうこと?」
男が目を瞬いた。
「どういうことって……知らなかった?」
「知らない」
「マジで?」
「うん」
「あー……」
そこで初めて、男の顔が気まずそうに歪んだ。
視線を逸らし、頬を掻く。
「これ、俺が言っちゃ駄目だったやつ?」
「どういう意味?」
「いや。久世さん、あの頃ほとんど毎日いたじゃん。それで知らなかったなら、HARUも話してなかったってことだろ」
「何があったの?」
男の顔から笑いが薄れる。
「いや、まあ……急に売れたからさ」
「それで?」
男が口を開きかけ、やめた。
辺りを見回す。
人通りの多い繁華街の真ん中だ。
「……ここでする話でもないか」
そう呟いたあと、男がふと何かを思いついたように笑った。
「あ、じゃあさ。久世さん、時間ある?」
「あるよ」
「俺、今すぐそこの店にいるんだよ」
通りの先を指す。
ネオンの中に一軒の店があった。
「飲んでってよ。そこで話すから」
「分かった」
「即答かよ」
「詳しく聞きたいから」
「はいはい」
男が笑う。
「久世さん、HARUのことになると昔から変わんないね」
和真は返事をしなかった。
「じゃ、こっち」
男が和真の腕を取った。
そのまま夜の街を歩き出す。
和真の頭からは、悠麻の店へ向かうことさえ抜け落ちていた。
――いじめられてた。
たったそれだけの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
七年前。
自分は何度もあの店へ通った。
悠麻のすぐそばにいた。
売れなかった男がNo.1になり、少しずつ変わっていくところも見ていた。
笑い方が変わった。
高い酒をねだるようになった。
金を使わせることを躊躇わなくなった。
横柄になった。
そう思っていた。
それなのに。
その裏で何が起きていたのか、自分は何も知らなかった。
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