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第42章  飽きられた?

 その日、和真はまだ店に来ていなかった。  珍しいことではない。来る時間は決まっていないし、仕事が長引けば遅くなることもある。  それでも悠麻は、扉が開くたびにそちらを見た。  違う客なら、いつも通り笑って迎える。 「いらっしゃいませ」  酒を作り、グラスを洗い、客と話す。  二十二時を過ぎた時計を見た。  遅いな。  そう思っただけで、仕事へ戻った。      *  客足が途切れた頃、店の備品が一つ切れていることに気づいた。  近くで買えるものだった。少しだけ店を空け、買い物を済ませて戻る途中、見慣れた後ろ姿を見つけた。 「あ」  声をかけかけて、やめる。  和真だった。  少し先を歩いている。店へ向かっているのかと思ったが、一人ではない。  隣に若い男がいた。悠麻より少し下だろうか。派手な髪に、夜の街によく馴染む服装。  男が何かを言い、和真がそちらを見る。  知り合いか。  仕事関係かもしれない。  悠麻は少しだけ口元を緩めた。  帰ったら言ってやろう。  ――今日、あの道歩いてただろ。  誰といたの、と聞けば、和真は普通に教えてくれるだろう。  そんなことを考えていたとき、男が和真の腕を取った。 「……え」  そのまま腕を組む。  和真は振りほどかなかった。  二人で並び、店とは違う方向へ歩いていく。  さっきまでの軽い気持ちが消えた。  なんだ、あれ。  知り合いだろ。腕を組んだから何だ。久世さんだって誰かと飲みに行くことくらいある。  そもそも自分たちは――。  そこで思考が止まった。  自分たちは、何なんだ。  契約相手。  まだ今は。  でも、それもあと数日で終わる。  そのあともマンションには帰ってきていいと言われた。食事も今まで通り作る。寝室だって、このままでいい。春になったら桜を見に行く。  だから、何も変わらないのだと思っていた。  遠ざかる二人を見る。  男はまだ和真の腕にくっついている。 「……誰だよ」  知らない男だった。この半年で見たことはない。  仕事相手にも見えない。  昔の知り合い?  友達?  それとも――。  胸の奥がざわつく。  久世さん、男なら誰でもいいわけじゃないよな。  当たり前だ。  だったら、あいつは何なんだ。  どうして腕を組ませてる。  どこへ行く。  今日は店に来ないのか。  いつもなら、このあとカウンターの隅に座っているはずなのに。  悠麻は手にした袋を強く握った。  ここ最近の和真は、ずっと甘かった。  食べたいものを用意してくれた。欲しそうにしていたものを覚えていた。悠麻の希望を優先してくれた。  夜だってそうだ。  自分からも誘うし、和真からも求められているという自信はあった。  だから、もう大丈夫なのだと思っていた。  なのに、ふと嫌な考えが浮かぶ。  ――あと少しだから? 「……は?」  契約が終わるから。  最後だから。  だから最近、あんなに甘かった?  食事も、プレゼントも、夜も。  終わる前だから、好きにさせてくれていただけ?  違う。  契約が終わっても住めばいいと言った。このままでいいと言った。  だったら――。  前を見る。  二人の姿は、もう小さくなっていた。  追いかけて、誰なのか聞けばいい。  けれど足が動かなかった。  もし、本当にそういう相手だったら。  何を言えばいい。  そいつと行くな?  俺のところに来い?  そんなことを言う権利なんて、最初から自分にはない。  他の誰とも寝ない。  そう決められているのは悠麻のほうだけだ。  和真は違う。  誰と会おうが、誰を好きになろうが、誰と寝ようが自由だった。  そんな当たり前のことを、今まで考えもしなかった。 「……嫌だな」  口にした途端、自分でも驚くほどはっきりした。   嫌だった。  あの男といるのが嫌だ。  和真が自分以外の男を見るのも、触るのも、触られるのも。  自分がしてもらったことを、あの男にもするのかもしれない。  それが、どうしようもなく嫌だった。  胸の奥で燻っていたものに、ようやく名前がつく。  嫉妬だ。 「……なんだよ、それ」  七年前は、和真が他に誰と会っているかなんて考えたこともなかった。  今回だって最初は同じだった。  半年だけ。  店を助けてもらうための契約。  それなのに今は、知らない男が和真の腕に触れているだけで、こんなに腹が立つ。  二人の姿はもう見えない。  悠麻はその場に立ち尽くした。  ふと、最悪の考えが浮かぶ。  もしかして。  久世さん。  俺に飽きた?  胸の奥が、ひどく冷えた。

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