49 / 55
第49章 今日で終わり
和真は、カクテルをゆっくり飲んでいた。
時々グラスを眺めては、また口をつける。
「そんなちびちび飲まなくても、また作るって」
「もったいないから」
「酒に言う台詞じゃないだろ」
「ユウが作ったからね」
「……そういうのいいから」
「何が?」
「何でもない」
悠麻は背を向け、洗ったグラスを棚へ戻した。
少しだけ顔が熱い。
気に入ってくれた。
それだけで十分だった。
*
二十三時を回った頃、和真が腕時計を見た。
「ユウ」
「ん?」
「今日は先に帰るね」
悠麻は振り返った。
「え、もう?」
「うん」
「珍しいな」
「ちょっと用事があるから」
「今から?」
「うん」
「ふうん」
何の用事だろうとは思ったが、それ以上は聞かなかった。
それより、ちょうどいい。
今日は閉店後、予約していたケーキを取りに行く。
和真が先にいなくなるなら、見つからずに持って帰れる。
「じゃあ、あとでな」
和真が悠麻を見る。
ほんの少し、間があった。
「……うん」
「何?」
「何でもないよ」
「変なの」
和真は残っていたカクテルを飲み干した。
空になったグラスを、カウンターへ置く。
「ごちそうさま」
「また作ってやるよ」
「うん」
コートを羽織り、扉へ向かう。
「じゃあね、ユウ」
「おう。あとで」
扉が閉まった。
悠麻は空になったグラスを手に取る。
きれいに飲みきってある。
それが嬉しくて、口元が緩んだ。
*
閉店後、予約していたケーキを受け取った。
二人で食べきれるくらいの、小さなものだ。
甘さは控えめ。
和真なら、たぶん好きだと思う。
箱を傾けないように持って、マンションへ帰った。
「ただいま」
返事はない。
「あれ」
玄関に和真の靴もなかった。
まだ用事が終わっていないらしい。
「先に帰るって言ったくせに」
文句を言いながらキッチンへ向かう。
むしろ好都合だった。
冷蔵庫を開け、ケーキの箱を奥へ押し込む。
「よし」
これなら見つからない。
明日、昼飯のあとにでも出そう。
どんな顔をするだろう。
カクテルのときみたいに、素直に喜ぶだろうか。
そんなことを考えながら、シャワーを浴びた。
*
寝室へ戻っても、和真はまだ帰っていなかった。
スマートフォンにも連絡はない。
「……遅えな」
ベッドへ入り、いつものように片側を空ける。
和真がいないと、妙に広く感じた。
メッセージ画面を開く。
『何時に帰る?』
打ってから、消した。
昨日あれだけ騒いだばかりだ。
今日はやめておく。
「早く帰ってこいよ」
スマートフォンを枕元へ置いた。
明日は何を作ろう。
冷蔵庫にはケーキがある。
昼飯を食べて、それから二人でケーキを食べる。
昨日のことだって、そのうち聞けばいい。
急ぐ必要はない。
眠気が少しずつ降りてくる。
和真が帰ってくれば、きっと目が覚める。
そのときに文句を言おう。
先に帰るって言ったくせに、遅いって。
「……久世さんの嘘つき」
小さく呟いて、目を閉じた。
隣は空いたままだった。
それでも悠麻は、何も心配していなかった。
明日になれば、また隣にいると思っていた。
ともだちにシェアしよう!

