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#5 虚城

「モフ、どこにいるの」 居間を、屋根裏を、地下室を、歩く度にチャカチャカと床板を鳴らす爪の音が、急に聞こえなくなった。 呼んでも来ない時は大体都合が悪いのだ。 彼のお気に入りの薬棚の下を覗き込むと、大きな欠伸で潤んだばかりの瞳がそこにあった。 「おいで、服はそこに持ち込んだらダメって言ったでしょ」 「ウミャン」 「眠たくなったら大変だよ」 アビシェラの寝間着、鍋掴み、スリッパ、ベッドスロー、オレのショールに下着。 よくこんなに集めたなと感心する程のふかふか空間から出たくないのは、まぁ、わかる。 背を擦り付けながらゴロゴロと喉を鳴らすモフ。 「ふふ、今日も大作だね」 「ミャア」 「ちゃんとベッドもあるのにね……何か足りないのかな?」 縁が無さ過ぎて淫魔の生態のひとつも知らないのは、ちょっとマズい。 「何しとるん」 「見てアビ、またモフが自分の城作ってる」 上の方から振り注ぐ溜め息。 そして床に張り付いたオレの横に膝を付き、睨むように薬棚を覗き込むアビシェラ。 「躾がなっとらんわ」 「淫魔って躾できるの?」 「アイツは半分ヒトじゃろ、教え込めば賢くなりよるよ、ルルよりな」 「心外」 オレ達の種族は森の賢者とか呼ばれていたりするけど、皆一様に博識な訳では無くて。 寧ろ気を付けていないとすぐに忘れてしまうくらい。 それが長寿の秘訣と言えばそうなのだけど。 「モフ、出てこんと引き摺り出すぞ」 圧のある低い声にも動じず、くるりと背を向けてしまうピンク色。 そんな態度のモフに片眉を上げたアビシェラが、パチンと指を鳴らす。 「ンヤッ」 つるり、とまるで重力の向きが変わってしまったかのように、衣類とともに腕の中に滑り込んできたモフ。 「おかえり。あれ、これどこで拾ったの?」 「ミャウ」 「こんなのあったかなぁ?」 その肉球でしっかり掴まれた小瓶の中に、小さな石が入っている。 瓶の括れに結んだ紐が気に入ったのか、モフはそれを手放そうとしない。 「隙間に落ちてたの? モフのおかげで家が綺麗になるね」 思わずそのふわふわに頬擦りしていたのに、パッと取り上げられてしまう。 「褒めるところと違うわ」 「ウミャン」 序に瓶も取り上げて薬棚に戻したアビシェラは、バタバタと暴れるモフの額にキスを落とした。 「どこ行くの?」 「庭で散歩、それ洗濯しとき」 アビシェラの肩口に齧り付くモフの、眠たそうに揺らぐ瞳が桃色に変わってゆく。 オレと違って規則正しく生きるヒトにとっての、夜が来る。 ぽつんと取り残されてしまった家はいやに静かで、なぜか無性に怖かった。 next

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