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04.2人がいい
結局あの昼休みのことは、後半あまり記憶に無い。どうやら弁当は食べたらしい。そして5時間目の直前に戻ってきた木崎の頬がまたも腫れ上がっていたことで、教室はしばしざわめいていたようだ。当然だ、ホラーだろうあんなもん。
そんな木崎に続いて入室する日牧があまりにもポカンと呆けていたものだから、クラスメイトたちからは心底心配されたような気が、おぼろげに。
だが中間テストも無事終わり、世間では連日梅雨のニュースが繰り返される頃、日牧の意識は既に次の期末テストと夏休みへと向いていた。過去はなるべく振り返りたくない主義だ。
「ねえ、今日の放課後の勉強会、木崎くんも来ない?」
相も変わらず教室の隅の席で1人でいる木崎に、日牧は明るく声をかけた。木崎ときた日にゃ未だにクラスの誰とも会話すらできない有り様。何度もこうやって輪に加えようと試みてはいるのだが、上手く行ったことはただの1度も無い。今も日牧の周囲の全員は、苦々しく顔をしかめている。
「…………行かねー」
ほんの数秒だけこちらを向くも、にべも無く断る木崎。皆はホッとしているようだが。日牧は大袈裟に溜め息をついて顎を触った。
「木崎くん中間の成績悪くなかったし、いっしょに勉強したら皆のためにもなると思うんだけどなー」
「え!」
「わ、悪くなかった……?」
「マジ……?」
毎日せっせと話しかけているおかげで日牧は、そんな細かい木崎情報までゲットしてしまっている。中間テストでこの男は、真ん中より少し上の順位につけていたのだ。話題を引き延ばそうと、個人タブレットまで無理やり見せてもらったのだから間違い無い。日牧のほうはギリギリ3分の1ほどのところにはいたけれど、まあまあ僅差であったため密かに冷や汗を流していた。
「……委員長の、ノートのおかげ」
ボソボソと、一応感謝らしき言葉を口にしていた先日。まあな、あれを作るのは苦労したからな。
「……ア、アイツ最下位とかじゃねーの?!」
「勉強したりするんだ?」
「真面目に生きてるオレらがああいうヤツより下だったりしたら本気でムカつくんだけど」
近くではひそひそと木崎への水面下攻撃が始まっていた。面と向かっては何も言えないくせに、人数の利でこうして離れた場所でなら強気な態度でいられる彼らのことは、正直どうかと思う。が、それ以上にまず木崎が悪い。少しは威圧感を減らそうとか周囲に気を遣おうとか無いのかテメーは。
腹が立ったのか居心地が悪くなったのか、木崎は立ち上がって教室を出て行ってしまった。
「もー、委員長! マジでアイツ来たらどうすんだよー!」
「あんなんと勉強会なんかできるわけないじゃん!」
「あの人誘うのもうやめてよ委員長ぉー」
止まらない苦情にどうどうと両手の平を広げて笑う日牧。気持ちは分かるが、木崎に何とかして友達を作ってやりたいオレの気持ちも誰か分かりやがれって話だよ。
「木崎くんて結構やさしいんだよ? 皆ももっと喋ってみたらいいのに。そうだ、背も高いしさあ、なんか硬派?クール?な感じもあるし、女子人気高かったりはしないの?」
まったく心にも無いことをペラペラと喋る日牧に、女子たちは揃って高速で首を振った。
「無い無い無い無い!!」
「無理無理あり得なーい!」
「あんなのとつきあえるとしたら、よっぽどのヤンキー同士だよー! でもこのガッコあんま女子のヤンキーいないしねー」
ウケる。モテないらしいぞ木崎おまえ。まあ日牧のほうも昔から特にモテるタイプでもないのだけれど。しかしあと少し身長が伸びればまた、違ってくる可能性はあるはずだ。モテモテとまでは望まずとも、日牧だけを愛してくれる人だってこの世のどこかにはいるはずだ、……多分。
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「…………委員長」
ンギャワッ。……という悲鳴は、どうにか喉の下で押し止めた。急に声をかけないで欲しいし、その図体で突然物影から現れないで欲しい。
「どうしたの木崎くん」
あとは下校するだけだとのんきに靴を履き替えていたところだったので、完全に気を抜いていた。急いでニッコリと顔を整え、数十センチ上を見上げる。お互い座っているとまだマシなのだが、そばに立たれると本当に目線が高い。首の筋がおかしくなりそうだ。
「…………前に、委員長が言ってた勉強会のことなんだけど……」
「え!! 参加してくれるのっ? だったらすぐにまた開くよ! 皆も喜ぶよー!」
右手にスニーカーを持ったまま、日牧はブンブンとそれを振り回して大喜びした。ついに歩み寄る気になったのか? 人里に下りてきた悲しきモンスター的な哀愁があるな、なんとなく。しかし木崎はゆっくりと首を振った。
「いや喜ばないだろ。迷惑かけるし、そうじゃなくて」
「ええー?」
「……委員長と、2人でしたい。勉強会」
「ええー? …………、……えっ?!」
眉をしかめてわざとらしく不満の声をあげていたところに、予想を超えたワードが飛び込んできたものだから、日牧は間を置いて驚き直してしまった。
2人? それって誰と誰? まさかおまえとオレ?
「…………駄目か?」
木崎は背中を丸めて顔を寄せてきた。ひぇ。駄目って言うか嫌って言うか、怖いって言うか。
「み、皆とはしないの?」
「オレは委員長だけでいいから」
「ええー、アハハ、そうなの? でも、皆と勉強するのも楽しいよー?」
「…………」
「木崎くんと気が合いそうな人たちもいるしさあ」
「…………」
「女子も結構来るんだよ」
「…………」
「皆とも仲良くなって欲しいのになー」
「…………何で」
「えー……?」
どうにか誤魔化せないかとこっちはニコニコし続けているというのに、木崎の人相はますます悪くなる一方だ。怖えぇ、怖えぇ、殺されるうぅ。
「委員長と、2人がいい」
木崎の顔はもはや、数センチのところにまで迫ってきていた。もしこれが本物のヒグマなら数秒後には確実に死んでいる距離だ。
薄茶色の目が真っ直ぐに日牧を捉えている。これあれだな、こないだボイラー室の前で這いつくばったときに落ちていた枯れ葉みたいな色だな。腐ったあとに時間をかけて乾いたみたいな濁りを感じる。
……それにしても。ふと日牧は木崎の顔をまじまじと、初めて凝視してみた。
怪我をしているときには分からなかったが、意外にも深い二重の切れ長目だ。鼻は高いし唇は厚いし、コイツ、思っていたより造形は悪くないんじゃないか? もっと何て言うか、どこぞの若頭のようなドスの効いた凶悪面かと思っていた。背も高いし、こうやってもっとちゃんと知られたら、女子にもモテそうなのになあ。まあそんな細かい箇所よりもまず猛獣注意なオーラがな、人を寄せつけないんだろうけど。強面な印象には違い無いしな。
「……委員長?」
返事をしない日牧にやや困惑しているような木崎。ハッとして日牧は、普段よりもさらにリップサービスを上乗せして答えた。
「あっゴメン、つい見惚れちゃってたかも! だって木崎くんてカッコいいんだもん。いいなあイケメンで、うらやましいなあ」
「…………っ、……いや……」
言葉に詰まり木崎は、こちらへ曲げていた姿勢を正して顔を背けた。おお、照れているのか?
「…………オレは、委員長のほうが……」
低い声でハッキリとは聞こえなかったが、まさか社交辞令を心得ているとは驚いた。そこで、ここぞとばかりに日牧は自虐で盛り上げてやる。
「僕なんてさー、一重だし鼻は低いし眉も薄いし、全体的にマロって感じしない? 下膨れのほっぺたもさあ、うちのお母さんとそっくりで嫌んなっちゃう。せめて木崎くんくらい背が高かったらなあー」
「……マロ」
マロは中学時代の同級生による悪口だ。根に持ってはいるが、率先してネタにできるほどには日牧も大人になったのである。
「……いや、背はあまり高くても、悪目立ちする」
頭頂部に手をやり、木崎は面倒臭そうに零した。持っている者の余裕かコノヤロー。持たざる者に何センチか分けやがれってんだ。
そうかなあ、などと当たり障りの無い返事で大笑いをしている日牧に、木崎はおもむろに再び1歩近づいてきた。うわっ、手首を掴まれた。逃がさない気だ。
「…………で、いつにする? 勉強会。オレんとこでも委員長の家でもどっちでもいいけど」
うへーい。上手く話を逸らせたと思ったのに。心臓が大きく早く脈打っている。
「えと、うちは……、狭いかな」
「じゃあオレん家。金曜の放課後」
手首を人質にされているのだ。日牧は頷かざるを得なかった。
「……わー、楽しみー……」
金曜っておい、もう明日じゃねーかよ。
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