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12.正しいデートとは
休日の木崎ってこんな感じなのか。待ち合わせ場所の公園で、日牧はしげしげと遠巻きにその全身を上から下まで眺め倒していた。Tシャツに黒っぽいパンツの、ごくありふれた格好だ。しかしそうか、Tシャツで良かったのか。夏だもんな。
デート服の最適解を求め、昨晩グルグルと悩み抜いてネット検索もしまくった結果、ジャケットなんて制服以外に持っていないし、代わりにチェックのシャツを上から羽織ったりなんかしてみた日牧だったのだが。うん、ダサかったかもしれない。しかも背中には大きなリュックを背負っている。木崎なんか手ぶらじゃないかあの野郎。
「ひまっ!」
日牧を見つけた木崎がこちらへ笑いかける。おおう、思わず目が潰れそうになって日牧は手の平でガードした。今日の日射しも強過ぎて容赦が無い。
「ひま、私服カワイイ」
すかさず褒めてくる木崎の言葉を、日牧は半分未満で受け流した。カワイイもんか。このシャツは母が近所のショッピングモールで去年のシーズン終わりに買ってきたセール品だし、リュックなんて中学に入る前から使っている年季物だ。
木崎のTシャツはお高いのだろうか。シンプルだがどことなくシルエットが違っているような。金持ちだもんなあ。第一体型のおかげで、こんな普通の服装でセンス良く見えてしまうのが卑怯だ。しかしそうなると、もともと貧弱な日牧は何を着ても無駄だということになってしまうので、諦めるしかない。
うんうんと己れの中で折り合いをつける日牧の手を、木崎は当たり前のように握った。
「え、……手?」
「デートだから」
デートとは手を繋ぐものなのか。そんな乙女チックなこと思いつきもしなかった。木崎おまえ、凶暴なヒグマ時代の野生をどこに落っことしてきちまったんだ。戻って欲しいわけではないけれど、あの頃とのギャップが激し過ぎて時々頭がついて行けなくなってしまう。
「日牧、それ泊まり用の荷物?」
わざとふざけた口調で、木崎がまた例のお泊まりジョークをほざいた。空いたほうの手で上からリュックを指差す。
「違うよ、もう」
軽く頬を膨らませる日牧。言われるかなとは実は少し思っていたけれど。
「……あのね、先に僕の好きなところに行くことになってたでしょ? 駅の向こうにね、ちょっと古いけど混んでなくていい感じの図書館があるんだよ。だから参考書とかノート持ってきた」
「えっ、休みの日にも勉強すんのか?」
木崎はやや面食らっている。やはりデートに図書館は相応しくなかっただろうか。色々考えたのだが、無料だし涼しいし何時間いても怒られないし、さらにウォーターサーバーも使い放題なのだ。日牧は以前からそこでよく1人で1日を過ごしていた。特に真夏と真冬。タダエアコン万歳である。
「……やっぱ嫌かな? いつも行ってるような、ホントの好きなとこのほうがいいのかなって……思ったんだけど……」
しかし徐々に恥ずかしくなってきてしまい、笑いながら赤い顔を上げて日牧はパタパタと片手を振った。
「ゲ、ゲーセンとか! ボウリングとか! そっちにしよっかやっぱり! こないだのカラオケボックスの近くにあったよね。どこにしようかなーって迷ってて、実はそれも調べてたんだー」
だが木崎は繋いだ手を引き寄せて、日牧の髪に唇を押しつけてくる。んやめろおー、人が見るうー。
「ん、図書館行きたい。日牧のホントに好きなほう」
低い囁き声が頭蓋骨にダイレクトに伝わるせいで、脳が揺れてグラグラしてしまう。
「そそ、……そっか、へへへ」
ヘラヘラと平静を装おうとするが、どうにも顔の熱が引かない。なんだか今日はいつもの、親切でお人好しな委員長を上手く起動できていない気がする。制服じゃないし学校じゃないせいだろうか。しかし先日もなんだか胸が痛くて調子が悪かった。
思えば木崎に出会ってから、少しずつ狂いが生じてきているような。規格越えの見た目、想定越えの恐怖。それが今では手を繋いで人の多い駅前商店街を2人して歩いているのだから、本当にどうかしている。
ああ、オレの平穏を返してくれ。
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「こっち、僕のお気に入りの席があるんだ」
図書館用の小声に切り替えて、日牧は手招きをした。大きな窓から庭の木々を望む、最奥のスペースだ。
「見て、いいでしょ。ここに椅子があること知らない人も多いみたいなんだ。でもここが1番景色いいんだよ。木崎くんは座って待っててね。今お水もらってくるから」
「ん」
いそいそとウォーターサーバーから備えつけの紙コップに冷水を注ぐ。冬はお湯も出るのだから感謝しか無い。
しかしふと、いつも木崎家で出される飲み物の光景が頭に浮かんだ。表面がデコボコしていてやたらと輝いているグラス。木製のお盆には細かい葉っぱの彫刻が施されていた。日牧に詳しく分かろうはずも無いが、おそらくどちらもクソ高いのだろう。そしてたまにやけに香りの強い紅茶や深い色のコーヒーが出てくることもあった。見たことも無い複雑な形のお菓子が添えられている日も。
……なあ、紙コップに冷水って、もしかしなくてもオレ以外誰も喜ばないんじゃね?
なみなみと水を入れた紙コップは、おそらく紙が薄いのだろう、すぐにフニャッと指が食い込むほどに柔らかくなってしまった。
やはり図書館は良くなかったのではないだろうか。こんなの正しいデートとは言えないんじゃないだろうか。今からでもゲーセンに移動したほうがいいかもしれない。両手に紙コップを握ったまま、ウォーターサーバーの前で考えごとをしてぼんやりと立ち尽くしていると、待ち兼ねたらしい木崎が日牧のリュックを左肩にかけて近づいてきた。
「何してんの、ひま」
ちゃんと小声で声をかけてくれている。
「水入れ過ぎて動けなくなっちゃった? ……ヤバ、ホントカワイイ」
日牧の手の中から紙コップを抜き取ってゆく木崎。
なあ、いいのか木崎? それベコベコに薄い安物の紙コップだぞ? 中身なんてただの冷たい水なんだぞ?
そしてオレはカワイくもなんともない、ただの嘘つき野郎なんだぞ?
「ひま、この席ホントいい。あそこほら、さっきからスズメ来てる」
耳もとで木崎が囁いた。心臓がゾワゾワする。
木崎の指差す方向に目をやると、スズメが何羽か地面に嘴を突っ込んで動き回っていた。虫でもいるのだろうか。
「……鳥、あんま見たこと無かったかも」
日牧は呟く。それほど興味も無かったから。小さ過ぎる生き物はあまり好きではない。自分と同じで弱そうに見えるからだ。大きく枝を広げた青々しい庭木を見るのは好きだったが、そういえば小鳥は今までもそこにいたのだろうか。
「んじゃラッキーだ。日牧みたいでカワイイな」
顔を寄せたままの木崎がこっそりと笑った。やっぱりな。おまえから見てもオレはちっぽけな小鳥程度の存在なんだろう。ヒグマだろうが犬だろうが簡単に捻り潰されるような。
でも、スズメは確かにカワイイのかもしれない。丸くてふわふわで、オレと違って純粋で。
「……木崎くんはホントに趣味が悪いなあ」
「え?」
ニッコリと微笑んで、「スズメカワイイね」と日牧は軽く首を曲げた。そして用意してきた参考書とノートをズラリと広げる。
日牧だって何も休日にまで勉強したいわけではない。勉強好きでもない。だけどこのまま2人でスズメばっか見ていたって仕方がないだろう。
夏期講習で習ったばかりの公式を恨みがましくペンでつつきながら、日牧はスズメではなくノートへと目を移した。
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昼食は図書館横のコンビニおにぎりで済ませた。木崎はまたパンを食べていた。どうやらパンが好きらしい。日牧は断然米派だけれど。
午後からも2人で問題集と格闘していたのだが、後半はせっかくだからと館内を徘徊し、図書館の本をペラペラと捲ってみたりもした。日牧はあまり立ち入らないけれど、木崎はDVD視聴室にも興味を示していた。無料で映画が見られるのは普通であればありがたいのだろう。しかし映画には大抵多かれ少なかれ戦闘シーンや流血シーンが入っているため、迂闊に見られないのだ。
「じゃあそろそろ次、木崎くんの好きなところに行こうよ」
荷物をまとめリュックを背負い、日牧は歩きながら木崎を見上げた。木崎の好きな場所なんて想像もつかない。だから実は、密かに楽しみにしていたのだ。どうする? もしも海が見たいんだ、なんて黄昏た表情で言い出しやがったら。臭過ぎて笑ってしまうかもしれない。想像だけでも面白い。けけけ。
けれども木崎はじっと日牧を見つめ、少し間を置いて答えた。
「……オレ、日牧の家に行ってみたい」
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