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第5話 (昔あった哀しい事って……それは母さんが死んだ日のことか?と、諒馬に聞けなかった)

「律兄、ただいま!今日の晩ご飯、何ー?」 「サバの味噌煮」 「やった!大好き♡ 自分じゃ絶対作らないやつだ」 「知ってるよ。夕飯の前に、風呂に入るだろ?もう沸いてるからな」 専門学校から帰ったら律兄が家に居るなんて、今ではなかなか無いレアケースだ。自分で作らなくても温かいご飯が出てきて、すぐにお風呂に入れるのがどれほど贅沢なことか。それを思い知ったのは、律兄が就職して家を出て行った後だった。 だから、僕は帰宅するやいなや、腰を下ろす間もなく、浴室に直行する。帰宅からお風呂までを一連の流れと捉えて、勢いで片づけてしまうのが、マイルールになった。こうしておけば、どんなに疲れていても、面倒くささに負けてお風呂をパスしてしまうことがない。 おかげで、毎日一番風呂! 「ぷはー!気持ち良かったー」 扇風機の前で湯上がりの濡れた髪を乾かしていると、律兄がもうテーブルの上に夕飯を並べ始めていた。 「待って、待って。もうちょっと涼んでから!熱くて食べらんない」 ◇ 律兄は鯖の身と骨を箸の先で綺麗に選り分けながら、世間話を続けていた。 「そうだ、今日お隣の慎くんと会ったよ。もう就活してるんだって。」 その名前が出た瞬間、僕は嫌な予感がして、なるべく何でもない風を装って生返事を返す。 「ふーん」 「でさ。諒馬、お兄ちゃんに隠してること有るよね?」 「ん、ぐゥ……黙っててって言ったのにー!」 鼻からご飯粒吐いちゃうよ! 「それって慎くんのせいじゃないよね?」 律兄が優しい、それでいて逸らすことの出来ない目を僕にまっすぐ向けてくる。 「うう…、だって。律兄の邪魔したくなくて。 ………やっと、本当の自分を見せられる人が見つかったんだよね? こんな所に居ないで、早く東儀センセイのトコに帰らなくて良いの?」 律兄の動きがピタリと止まった。 「………それはいいから。それより、諒馬はポイポイ猫になって、セルフコントロールが出来てないみたいじゃないか」 気まずさで尖った声の内容に、どうも聞き捨てならない勘違いがあるみたいだ。 「僕、猫化は完璧に操ってるよ?猫には、成りたい時だけ、成ってるんだ」 「まさか、そんな事が出来るのか!?」 驚愕する律兄に、僕は得意げに腕組みをして、自分の能力を披露する。 「そうだよ。今日みたいに父さんの夜勤の日は、昔あった哀しいこととか思い浮かべるだけで……、こう、変化できるんだ。フフン」 「そんなの……っ、嘘泣きの時に使う手じゃないか……。だいたい、父さんの夜勤の日って、三日に一回なのに………、多過ぎる……」 自由自在に猫になれることも、それを口実に慎に甘えに行くことも、真面目な律兄の思考回路では理解に苦しむらしく、律兄は頭を抱えていた。 「だからー律兄も、早く東儀センセイの所に帰りなねー。ご馳走様ー!」 これ以上追及される前にと、僕は席を立つと一番哀しい出来事を胸の奥に握りしめた。 ゾクリと寒気が走り鳥肌が立つ。黒い毛皮が立ち上がる僕の輪郭がみるみる縮んで、巨大化した服の中から、するりと飛び出した。 「あ、諒馬……あんまり慎くんに迷惑かけるんじゃないぞ!」 後ろから律兄の呆れ返った声が飛んできたけど、知ったこっちゃない。恋する情熱⭐︎CATは立派な黒い尻尾をブンブン、大好きな慎を目がけて全速力で駆けて行く。

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