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第10話 諒馬と慎が出会った日 (Side 諒馬)

どこをどう逃げたのか覚えていない。 新しい家の庭にいるはずだった。 アゴ髭に芝生の草がビシビシとぶつかる感覚が情報過多なぐらいに伝わって来た。 視界が物凄く低い、地面の近くにある。 見通しが効かなくて、僕は帰る方向が分からなくなってしまった。 そもそも、あんな風に律兄に拒絶されて、僕に帰るべき場所なんて無いのかもしれない。 しかし、この見慣れない世界は、絶望に囚われ立ちつくす僕に、休む暇さえ与えてくれなかった。 突然、自分の目の高さに、ぬぅっと、異様に大きなカマキリの顔が現れた。 巨大なカマキリは鎌をもたげて、歌舞伎役者のように首を曲げ見栄を切った。 僕の身体は反射的に全身の毛を逆立て、真上にぽーんと間抜けに跳ね上がった。 喉から出たその絶叫は「ミーッ!」というか細い鳴き声だけだった。 (――っ、なんだこれ……!?) 自分の前脚を見ると、黒い毛皮に覆われて、ぷにぷにのピンクの柔らかい肉球が付いていた。 (わーーーっ!!) 僕の肉体が、子猫の姿に変わってしまっていたんだ。 パニックを起こした僕は、闇雲に駆け出した。 保護されていない柔らかい肉球の皮膚に枯れた枝や尖った小石が突き刺さり、一歩踏み出すたびに鋭い痛みが足の裏をヒリつかせた。 人間のプライドや記憶があやふやな形になって崩れ落ち消えていった。 無我夢中でトゲトゲの緑のトンネルの中を腹這いになって身を低くして、通り抜けようとするが、耳の後ろを引っ掻いたかもしれない、わずか数分の出来事が、永遠のようにつらかった。 ボロボロになって、その抜け穴を飛び出したその時、目の前にふわりと影が差した。 見上げた視界の先に、小さな男の子がいた。 (ああ、もうだめだ……) 恐怖で張り詰めていた糸がプツリと切れ、四肢からすぅっと力が抜けていく。意識が遠のくその直前、目の前に温かな手がそっと差し出された。 僕はその掌の上に、パタリと倒れ込んだ。

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