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第11話 猫もそんなに悪くない

気がつけば僕は、小さな男の子の手のひらの上で、心臓をバクバクと鳴らしながら小刻みに震えていた。 「起きた?」 ――なんだ、このあたたかさは。 行き場のない混乱と恐怖の矛先を間違えて、僕は目の前にあった無防備な親指にカプリと噛みついた。 「いてっ……!」 男の子は小さく声を漏らしただけで、乱暴に振り払ったりはしなかった。 「なぁ、子猫って何食べるんだ……?」 痛む親指をさすりながらも、少年は怒るどころか、心配そうに僕のほうをじっと見つめている。警戒して逆立てていた毛が、少しずつぺたんと寝そべっていくのを感じた。 しばらくして、その子は平皿に温めた牛乳を入れて、僕の目の前にそっと差し出してくれた。 「ミャー、ミャー」 (牛乳なんて!僕、赤ちゃんじゃないんだよ!肉食わせろ!) 「今、母さんが居ないんだよ。って言っても分かんないか……」 男の子は構わず人間の言葉なんか分からない子猫に向かって喋りだした。 「お隣の佐々木さんの家の子が迷子になって、一緒に探してるんだ」 (…???………) 「俺が見つけてやりたかったのに、留守番してろだって!」 男の子はむすっとした表情で、僕のほっぺたを優しくツンツンとつっついた。 「でも、おかげで庭でよろよろしてたお前を見つけた。 これって、運命だよな。……そうだろ?」 ――ピチャ、ピチャ、ピチャピチャ――! 僕はピンク色の舌を高速で動かし、大きな音を盛大に立てながら、口の周りを牛乳でびしょ濡れにさせて貪り飲んだ。 頭で考えるよりも先に、ざらざらの舌が勝手に動き出し、自分の鼻や顔の周りに飛び散った白い液体を、ペロリと夢中で舐め取ってしまっていた。 「あはははっ…ははっ……! よっぽど、お腹が減ってたんだな」 男の子は目を細め、慈しむかのように見つめてくる。 さらに、その子は何やらごそごそと部屋の隅を片付け始めた。 「あと、トイレはこれでいいのかな……?」 用意されたのは、プラスチックの空き箱に敷き詰められたサラサラの砂だった。 「ナァーン…!」 (ヤメローー!!屈辱的!) 僕はお腹を男の子の掌に掬(すく)われて、クレーンのように砂の上へと降ろされてしまった。 「おっと、用を足すまで、そこから出て来るなよ」 男の子は手のひらで壁を作って通せんぼした。 「ミァーン…!」 (ここから出してー!) 僕が逃げ出そうとして、プラスチックの容器から身を乗り出しても、男の子にやんわりと引き戻されてしまう。 急に、男の子はペロンと僕の尻尾を持ち上げると、柔らかいティッシュでお尻のあたりをちょんちょんと刺激してきた。 「ミャア!ミャー……」 (やーんっ……!なにをするー) えっと……何がダメなんだったけ?僕はだんだんと訳が分からなくなっていった。 せめて、お尻を向けるわけにはいかない、と正面を向くと……。 男の子のニコニコと無邪気に微笑む顔と見つめ合う形になってしまった。 「がんばれー」 と我が子を見守るような声援を浴びながら、僕は仕方なしにムムム…ムムーッと力んだ。 (ああっ、こんなのって………) 「よしよし、偉かったなぁ」 出し終えると男の子がいっぱい褒めてくれた。 ぐりぐりと温かい掌で身体中を撫で回されて、ふと母猫の大きな舌で舐められる子猫って、こんな気分なのかなって思った。 喉からゴロゴロ、ゴロゴロ気持ちよさそうな音が鳴り響いた。 母さんが死んで、僕の人生には、これから良い事なんて一つもないと思っていた。 だけど――。 この世界にも、まだ探せば優しい温もりは有るのかもしれない……。 そう思った時、猫化がほろほろと解け始めた。 僕を包み込んでいた黒い毛並みが、溶けてゆき、なめらかな肌が顔をのぞかせた。 「わあああぁぁー!!!」 突如として出現した裸の人間に、男の子はビックリしてひっくり返り尻もちをついた。 ――まあ、驚くのも無理はない。 それが、僕、佐々木諒馬と北村慎との、ちょっぴり情けない運命の出会いだった。

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