17 / 21

第17話 幼馴染じゃなくなっちゃう

「あんまり、心配させるなよっ……」 肩を大きく上下させ、息を切らせながら、慎が濡れた額の汗を手の甲でぬぐった。 吐き出す熱い息の中に、僕を必死で探し回っていた時間が滲み出ている。 慎の目は、底の知れない深く静かな水面をたたえていた。吸い寄せられるようにその奥を覗き込むと、どれほど僕を案じていたのか、切実な想いがそのまま流れ込んできて、……胸が痛くなった。 「………ごめんなさい、慎」 僕が絞り出すように呟くと、隣で静観していた嶋くんが口を開いた。 「諒馬、僕…そろそろ行かないと」 空気を察した嶋くんが気を利かせて、僕と慎を二人きりにしようとしてくれているのが分かった。 「あの、帰り道わかる…?」 「ふふっ」 と嶋くんは肩を揺らして笑った。 「大丈夫、諒馬ほど箱入りじゃないから」 そうして、くるっと慎の方へ向き直って堂々と言い放った。 「諒馬は確かに可愛いと思いますけど!僕も可愛がられたい側ですから!変な誤解、しないでくださいね」 「……はぁ?」 険しい顔をしていた慎が、ぽかんと毒気を抜かれている。 「そういうわけだから、お邪魔虫は去るね!」 嶋くんは満足そうにうなずくと、ひらひらと手を降って軽やかに去っていった。 「なんなんだ、アイツは……」 残された僕と慎は、呆然と嶋くんの背中を見送った。 慎がドカっと白バラのフェンスに囲まれたベンチに腰を下ろす。 僕もその隣りにそっと身を寄せて座った。 慎のため息と白バラの甘い香が混じった空気の中で、僕たちは深く背もたれに体を預けた。 走り回った後の体温の熱さと、慎特有の汗の匂いが、僕の肌まで届く。 「歯科技工士の学校、楽しいか?」 慎は行き交う人の流れを眺めた横顔のままで、問いかけた。 「うん、友達も出来たし!楽しいよ」 「諒馬は昔っからプラモのパーツ削るの上手かったからな」 「よく、慎に仕上げ手伝ってもらってたよね」 「静かに作業に集中できる環境の方が、きっと諒馬には合ってると思う。 だけどさ、……なんで相談してくれなかった? 事後報告じゃなくて、諒馬が悩んで考えて形にならない時から、関わらせて欲しかった…… 俺は自分のこと、もっと諒馬の内側にいる人間だと思ってた」 寂しそうな慎の言葉を聞いて、僕はようやく理解した。 慎が怒っていたのは、僕の心の一番深い場所に自分は置れていないと思ったからなんだ。 「……ごめん。ごめんね、慎の気持ち全然分かってなくて」 僕はベンチの座面の上に置かれた慎の大きな手に自分の手を重た。 「僕いつも慎に頼ってばっかりだから、大人になったって認めてもらいたくて、必死で背伸びしちゃってただけなんだ。」 慎は僕の手を握り返すこともせず、瞬きも忘れ、ただ頭のなかで僕の言葉を反芻しているようだった。 「僕はこれから先、嶋くんにも他の誰にも僕が猫成りだって言うつもりはないよ。僕が完全に信頼して、猫になった姿を見せれるのは慎だけだよ。 僕がゴロゴロ甘えたいのも、ワガママを言いたいのも世界中で慎だけなんだ。 僕は、慎だけのニャンコなんだから」 慎がようやく、こちらに目を向けてくれた。恥ずかしいけど、ここで視線を逸らしちゃいけない。僕は逃げずに踏み止まって、言葉を重ねた。 「それだけは、分かってくれるよね?」 「ああ」 「今日、父さん夜勤でいないんだけど……。 うち来る?」 「………行く」 押し殺した低い声でそう応えた慎と視線が熱く絡まって、この時に、慎は過保護で優しい幼馴染ではなくなったのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!