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第2話
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次の配達の日、僕の店に来たのは何度か栄二くんと一緒に来たことのある、髙橋くんという名の栄二くんの後輩一人だけだった。
僕は少し気分を曇らせながらも、渡された伝票にサインをする。
「今日は栄二く……(じゃなくて……)片倉くんはお休みですか?」
「あー、はい。片倉は本日休暇をとっております!」
僕は納品と空き瓶の回収を終えた髙橋くんに伝票を返し、彼の言葉に口内の飴を奥歯で挟みながら視線を落とす。
自分だけが会いたくて楽しみにしていたのだと、淡い期待を抱いて勝手に落ち込む自分に自己嫌悪が湧いた。
(次の配達で、って言ってたのに……)
肩を落とした僕に高橋くんが視線を向ける。慌てて彼に対する態度が悪くならないように笑顔を作った。
笑いかけると、高橋くんは大きな音を立ててゴクリと唾を飲み込む。その様子に笑顔を浮かべながら少し首を傾げると数秒後に彼が口を開いた。
「あのー……佐藤さん。」
「…………何ですか?」
名前を呼ばれて優しく返事を返すと、高橋くんは何故か頬を赤く染めて会話を続けた。
「今日の夜ってお暇ですか?
終業後に会社の若い奴らだけで飲み会をするんですけど……佐藤さんも来ませんか?」
「え……?」
「むさい男ばかりで、佐藤さんみたいな華が欲しいなって……」
(華…………?)
なぜ彼の会社の飲み会に誘われたのか分からないが、外野でもありアラサーでお酒が飲めない自分が混ざっても面白くないだろう。
取引先だとしても顔を知っている社員は栄二くんと高橋くんだけだ。栄二くんは休みだというし、選択肢は一つしかない。
「誘ってくれてありがとうございます。でも部外者の僕が参加するのは……」
「部外者じゃないです! 得意先さんですし、あ、片倉先輩も参加しますよ!」
「行きます! …………ぁ。」
思わず。そう思わず。栄二くんに会いたいという気持ちがはやって反射的に言葉が飛び出た。
またもや良く考えずに答えてしまう自分の悪い癖が出てしまった。
「本当ですか!? じゃあ20時に駅前の祭屋っていう居酒屋に来てください!」
「えっと、あの……」
「みんな喜びます! 一気に楽しみになってきました!」
僕が慌てて訂正しようとする前に高橋くんは矢継ぎ早に飲み会の場所を言い、手にしたスマートフォンで何処かにメッセージを送り、トラックに乗り込んで「待ってます!」と元気よく挨拶をすると、あっという間に発って行ってしまった。
狼狽えそうな心を落ち着かせるために無意識に飴を一つ口に放る。新しい飴が口に入った瞬間に、先に舐めていた飴がまだ残っていることに気がついた。
自分の首を更に強く絞めるような行動をまた取ってしまったことに頭を抱え、空を仰ぎ瞼をキツく閉じるとブドウ味とメロン味が混ざった微妙な味が口の中と鼻の奥に届く。
(居酒屋での飲み会!? 大勢で!? 飲めないのに!!? どうしようどうしようどうしよう……)
頭の中でハムスターが滑車を爆速で回すが如く、頭の回転を上げて思案する。地区の集会所でする近所の飲み会なら、弟に任せて自分は配達があるからと断れた。
でも、今回は栄二くんが居て、そこに参加すると言った手前、どうにか理由をつけて酒が飲めないという嘘を吐き通さなければならない。背中に冷や汗が一筋流れる。
店の仕事をこなしながら都合の良い言い訳を考えていると、あっという間に日は落ちて夜になり。
気もそぞろなまま自家用車を運転して、指定された居酒屋に近いコインパーキングに入る。
ここまで来たらやり切るしかない。栄二くんに会って、嘘を悟らせずに飲み会を無難に乗り切る。自分は良い歳の大人なのだから、きっと上手くできるはず。
僕はスマートウォッチで現在の時間を確認し、車を施錠すると居酒屋に足を向けた。
平日、火曜19時55分。
居酒屋に入って待ち合わせの旨を店員に伝えると、広くはない店内の奥にある座敷に案内された。
恐る恐る、座敷の前の障子戸を引いて開ける。
「……こんばんは~。いつもお世話になっています。佐藤です。」
室内へ声をかけると屈強な青年達の視線が一気に僕に向けられた。
(ヒェ〰︎!! 全員筋肉ムキムキ〰︎!! お酒強そう〰︎〰︎!!)
筋肉フェチである僕からすると眼福状態ではある。
商売柄、人見知りをする気質でもないので穏やかに笑い返すも、体育会系の雰囲気が流れる空気に圧を感じて萎縮してしまいそうだ。
一人一人に挨拶をされても全く耳に入ってこない。そこに聞き慣れた声が届く。
「夕紀さん!? どうして……」
「えっと、高橋くんに誘われて…………」
腰を低くし、どこに座ろうか迷っていると栄二くんは大きな身体の左隣を空けて、座布団を一つねじ込んだ。そして、僕に手招きをする。
会いたかった栄二くんの顔を見て安堵感を覚えた僕はありがたく、彼の隣に腰を下ろした。
栄二くんの鼻がスンと小さく鳴る。
「飴じゃない……良い匂いがしますね。」
「うん。シャワー浴びてきたんだ。」
栄二くんの爽やかな笑顔に釣られて笑い返す。すると、正面に座っていた栄二くんの同僚達に次々と話しかけられた。
「佐藤さんっておいくつなんですか?」
「片倉と仲良いんですか?」
「ゆきってどういう漢字を書くんですか?」
「お前ら待て。先に夕紀さんの飲み物を頼むのが先だろ。」
止まらない質問に少し困ったが、すぐに栄二が同僚達を制してくれて、ドリンクメニューが手渡される。
普段自分と接する時とは違う栄二の言葉遣いと、制服ではない私服姿に胸がギュンと鳴った。
「何飲みますか?」
(ウッ! プライベートの栄二くんもカッコいい!! 綺麗目の私服の上からでもわかる筋肉の厚み!! ありがたい!!!)
これだけ筋肉質な人間が集まっていても、やっぱり栄二くんだけが僕の特別で理想の人だ。
熱が集まる頬を隠すようにメニューで栄二くんの視界を遮り、視線を落とす。メニューには色々な種類の飲み物の名前が並んでいる。
僕は浮かれていた心をグッと抑えて、高橋くんが帰った時からずっと考えていた秘策を繰り出した。
「きょ、今日はまだ少し仕事が残っているから…… ノンアルコールでも……良いかな?」
メニューの端から目より上を出して、上目遣いで栄二くんと視線を合わせる。
栄二くんは一瞬、目を丸くしたがすぐにいつもの笑顔で応えてくれた。
「大丈夫ですよ。お酒がなくてもいっぱいお話ししましょう。」
「うん。じゃあ、ノンアルの梅酒サワーで……」
(お酒が飲めないことを隠しつつ、用事がある為に敢えてノンアルを選ぶがお酒が好きな設定なので少しでも本物を飲んでいる風を出すためのメニューはカクテルよりも梅酒サワーがベター! 苦いレモンサワーとビールは飲めないからこれしかない!)
「はい。店員さーん! 梅酒サワーのノンアル2つください!」
僕が自分で講じた策に浸る横で栄二くんが大声を出して注文をすると、厨房から店員さんの返事が聞こえてきた。
ふと栄二くんが口にした注文の内容に疑問を覚える。
「ノンアル、2つ?」
「はい。俺もノンアルを飲みます。」
「僕に合わせなくて良いのに……」
「俺も後でやることがあるので。」
「そう、なんだ。」
優しく笑う栄二くんの黒い瞳が一瞬だけ光ったような気がしたが、あまりの好みの表情に僕はドキリと胸を高鳴らせ、視線を逸らした。
今日の栄二くんは仕事で会う時とはどこか違っていて、長く見ていると変なことを口走ってしまいそうになる。
しかも、彼からは年上の自分以上に余裕たっぷりな雰囲気が漂っていた。
(……隣にいるだけで顔が熱くなっちゃう……)
そうこうしているうちに全員の手元にグラスが行き渡ったようで乾杯の音頭が取られた。
僕も栄二くんをはじめ、近くにいる面々とグラスを合わせる。よく冷えた飲み物を口に入れると炭酸の刺激に梅の甘い香りが鼻に抜けた。
夕食がわりに注文されていたオードブルを食べながら彼らの会社の話や、配達先の話を聞きながら時間が過ぎる。ある程度、自分と栄二くん以外の人の酒が進み、話題はプライベートな話に入っていった。
「いやぁ~、高橋から今日の飲みに綺麗な人が来るって聞いてましたけど、まさかウチの取引先に佐藤さんみたいな方がいるなんて!」
「片倉もズルいよな~。佐藤さんのこと黙ってるの。今すぐに担当変わって欲しいぐらいだわ。」
「顧客の情報をべらべら話すわけないだろ。担当の交換も俺が決めることじゃないし。」
「どうです? 片倉に飽きていたら俺らの中から担当指名してもらっても良いですよ!」
「うーん…… そちらの会社のことに口を出すのは……」
自分中心の会話に答え続け、手元のドリンクを口にすればあっという間にグラスが空になった。次を注文するべきか迷っていると、栄二くんが僕のグラスを手にとった。そして、席を立とうとしていた高橋くんに「ノンアルの梅酒サワー頼んでくれ」という指示と共にグラスが手渡される。
元気よく返事をした高橋くんに軽く頭を下げ、栄二くんの顔を見て小さい声で「ありがとう」と伝えた。
「それじゃあ、佐藤さんって恋人とかいるんスか?」
酔って声が大きくなった一人が枝豆をつまみながら軽く言い放つ。
その質問に席についていた全員の視線がまた僕に注がれた。さっきまで賑やかだった座敷に沈黙が訪れる。
「えっ……と…………いない、かな。」
「ちなみに好きな人は?」
「……うーん…と……」
直球の質問に視線を下げて口ごもった。想いを寄せている栄二くん本人が隣にいるけれど、認めても否定してもこの場では何も変わらないだろう。
でも、少しだけ気持ちを吐き出したかった。
「好きな人はいるけど……」
「えぇ!? どんな人なんですか?」
「そ、それは…………秘密で。」
(本人の前で言えるか———ッ!!!)
更に火照る頬を誤魔化すように苦笑いを浮かべていると座敷の障子が開いて、店員さんがドリンクを運んできた。ドリンクが僕の席に置かれると同時に栄二くんが口を開く。
「お前ら、いい加減にしろよ。あんまり夕紀さんを困らせるな。
夕紀さんも律儀に答えなくて良いんですよ。」
「大丈夫だよ。みんなと話すの楽しいから。」
(栄二くんの貴重な姿を拝めるし!)
「…………そうですか。」
栄二くんの気遣いに言葉を返し、話の中にまた戻る。
「ていうか、固いこと言う片倉だって好きな人がいるって話じゃんか~?」
突然耳に入ってきた衝撃的な言葉に僕は、グラスに手をかけたまま硬直した。
(…………は??? 栄二くんに??? 好きな人???)
「何!? お前、もしかして今日の休みはデートだったのか!?」
「違う! 今日は親戚の法事だ!」
「えぇぇ!? 先輩付き合っている人居るんですかー!?」
「だから違うって!」
「おぉぉ、好きな人がいるって所は否定しないのな~!」
「お前らなぁ!!」
栄二くんは側から見ても格好良くて優しくて身体もすごくて、どこからどう見ても完璧だ。それでも一人の人間だし、恋愛適齢期だし、モテそうだし、よく考えれば好きな人がいてもおかしくはない。
今まで彼とそういった話を全く一度もこれっぽっちもしたことがなかったから、その考えは恋をした初期の段階に少し思ったぐらいで完全に油断していた。
彼を好きでいる前に、僕だけのアイドル(推し)のような存在として考えていた節もある。
自分はなんて愚かで情けなくて能天気なのだろう。
急に手の先が冷たくなって、耳鳴りがして、皆の声が遠くにあるかのように聞こえだす。
賑やかに恋バナをする栄二くんの顔だけが気になって、視線だけ向けた。
すると、同僚達とじゃれあって自然に会話を続ける栄二くんが目に入る。栄二くんは同僚達と話している途中で、一瞬だけ僕と目が合ったけれど、すぐに無表情のまま逸らされた。
その瞬間、僕は思った。
(栄二くんの好きな人は、僕じゃない。)
少し考えれば当たり前のことだ。
僕は彼よりも年上のアラサーで、童顔で、髪の毛も染めが追いついていないプリンで、ひょろひょろのどこにでもいそうな男だ。仕事だってかろうじて儲かっているような店を持っているだけ。
しかも、どうでも良い嘘を意地になって吐き続けていて、彼に好きになってもらえる要素なんてどこにもない。
弁えていたはずだった。大きくならないように抑えていたつもりだった。ほどほどにするつもりだった。
なのに、彼に対する思いが自分でも気づかないうちに強くなりすぎて、僕は…………
グラスを握っていた手に、結露した水滴が垂れる。濡れた指とは反対に、唾が出ないほどカラカラに乾く喉を潤そうと、目の前のグラスを持ち上げる。
(このグラスだけ空けて帰ろう。
結局、自分は栄二くんにとってただの取引先の客の一人で、いつもの優しい態度は仕事の中の一つだったんだ。)
彼を諦めるための理由を作って、冷たいグラスの感触を唇に乗せ、少し緩くなった飲み物を一気に口内に流す。ゴクゴクと音が周りに聞こえる程、勢いよく飲み込んだ。
すると栄二くんが何かに気づいたように大声で僕の名前を呼ぶ。
「ッ夕紀さん、それ……ッ!」
そのすぐ後に一瞬だけ胸に熱さを感じた時には、もう遅かった。
胃の中から小さな熱が湧き上がるような感覚がしたと思ったら、頭の中がふわりと浮く。何度か頭が左右に揺れた次の瞬間、僕はゴンッという大きな音を立ててテーブルに顔面を沈めた。
驚く面々の中で栄二くんが素早く声を上げる。
「やっぱり……! 酒が入って……!」
熱くなる身体と早くなる呼吸の中で意識がぼんやりとしていた僕は、栄二くんの言葉にぴくりと手を震わせた。
「大丈夫ですか!?」
栄二くんが僕の肩に触れ、身体を軽く揺らされる。
一瞬で熱に包まれた僕の頭はふわふわとしていて、身体がうまく動かない。
僕は肩に乗る栄二くんの手になんとか自分の手を重ね、顔を僅かに上げて小さな声で呟いた。
「………………ぁっぃ…………」
「!!!」
言葉を漏らし終わるのと同時に、肩が強く掴まれ栄二くんの胸の中に引き寄せられる。
いつも邪な目で見ていた胸板に身体を預け、微かに残った理性で考えた。
(このタイミングでうっかり本当のお酒を口にして潰れるなんて。バチが当たったんだ。自業自得すぎる。
きっと栄二くんにも嫌われる。ちょうど良かったかな……
……こんな僕を見て、……栄二くんは、どんな表情をしてるんだろう。)
熱が上がる中、弁解の言葉も謝罪の言葉も口に出来ない。ただただ、熱い吐息が漏れてなんとか呼吸をしていた。
(栄二くんの……匂いが…………)
酩酊感が強くなる中で、頬から伝わる栄二くんの体温を感じ、胸板に擦り寄ると肩を抱かれる力が一層強くなる。
密着しているからか、栄二くんの匂いも濃く感じられた。
「あー……夕紀さんは……この前から風邪気味で薬飲んでるって言ってたので、飲み合わせが悪かったのかも。
俺、酒飲んでないし家に送ってくるわ。」
「……お、おう。」
栄二くんに支えられ、靴を履かせられると脇の下を彼の肩に持ち上げられた。更にボトムのウエストが持ち上げられ、立たされる。
覚束ない足取りをする僕は、彼に介助されながらなんとか店を出たようだ。自分が今どこにいるか分からない程、思考が浮わつき、まとめることができない。
ただ、決して軽くはない自分を難なく抱えて歩く栄二くんには改めて惚れ直していた。
(すごい……さすが……力持ち……やっぱり……かっこいい……好きすぎる……)
時間が経てば経つほど僕の脳内の思考は散っていき、すぐに意識が落ちた。
次に目が覚めた時に居た場所は、自分の家でも知っている場所でもない、小綺麗な生活感のある部屋のベッドの上だった。
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