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第3話

 3 「んぅ…………」  意識が戻ると同時に視界に入った明るい光に目を細め僕は小さく呻いた。  記憶には一切ない天井と部屋の風景におぼろげな頭の中で「?」が浮かぶ。 「気がつきましたか?」  僅かに身じろぐと自分が寝ているベッドの下から聞き馴染みのある声が聞こえる。  ゆっくりと視界を横に向けると、とても近い位置に大好きな栄二くんの顔が見えた。   「栄二くん……?」 「はい。水飲めます?」 「ん………………」  ぼーっと視線が定まらないもののとりあえず周りを見渡す。  少なくともこの部屋の中には自分と栄二くんしかいないようだ。  うっすらと意識が落ちる前に嗅いでいた栄二くんの胸元の匂いを思い出し、似た香りが漂う空間に気分を良くして思いっきり深呼吸をしてみる。 (さっき嗅いだ栄二くんの匂いがいっぱいする部屋……栄二くんの部屋かな?……しかも、2人きりって……夢……?)  あんなに酷いことがあったのに。意識がなくても栄二くんのことを考えているだなんて、お酒で潰れて寝ている自分はどこまで浅ましいのか。 「夕紀さん?」 (夢なら……少しだけ……)    自分の顔を覗き込んだ栄二くんの顔を数秒、じっと眺めて浮き出た首筋に手を出して撫でたあと、頸に腕を回し引き寄せるように抱きつく。  服の上からでも分かるほどに盛り上がった筋肉と触れた場所から伝わる温かさに思わず熱い息を吐いた。  そのまま手のひらで背中の筋肉をねっとりなぞり肩口に顔を埋めてみる。 「ッ!」  大好きな彼に、思うがまま密着できてしまうだなんて明晰夢ってやつなのかもしれない。  自分に都合の良いように振る舞っても拒絶をしない栄二くんを見て、僕は最後の思い出に甘い夢を享受しようと思い立った。  彼の背中に回した手を前に移動させ、胸板を両手でしっかり2回揉んで脇腹から腹斜筋、腹筋をまさぐった。 「栄二くんの筋肉……ずっと触りたかった……雄っぱい……すごい……ムキムキ…………あったかい……」 「……っ夕紀さんしっかりして下さ…………ッ!」  更には栄二くんの言葉を遮って、両手で彼の頬を挟み鼻がくっつきそうな距離で改めて顔のパーツを真剣に眺める。 「はぁ……本当に顔もかっこいい……なんでそんなにイケメンなの……絶対モテるでしょ……好き…………。  僕なんて何やっても筋肉つかなくて……触ってみて……毎日ケースも箱も樽も運んでるのに……薄くて……」  好みの顔に蕩け、自分の身体と栄二くんの身体の差を嘆き、少し手こずりながら上の服を脱ぐ。  プリンみたいになっている髪がボサボサと四方に跳ねたが、どうせ夢なのだからそんなの気にしてもしょうがない。  栄二くんの大きな手を取って露わになった自分の胸に押し付けると、触れた手のひらがしっとりとしていた。  やけにリアルな夢だなと思いながら上目遣いで再び栄二くんの顔を見ると、耳まで赤くして見たことのない表情を浮かべていることに笑いが溢れた。 「ふふふ、その表情……可愛くて最高……また好きになっちゃう……」 「夕紀さんッ!!!」  慌てる彼に対して目を細めて薄く笑うと、何故か口を引き結んで眉を寄せられる。  皺の寄った眉間に人差し指で触れ、太い眉を撫でると栄二くんの口から大きなため息が漏れた。 「そんな顔しないで……いつもみたいに優しく笑ってよ……」 「…………ッ」 「僕、栄二くんの笑った顔が……世界で一番大好きなんだから……」    夢だと思うと、いつも心に秘めていた想いが次々と口から溢れてしまう。  彼が唾を飲み込んで喉仏が動く姿もまた、色っぽくてたまらなく愛おしい。  こんなに大好きな人なのに、ずっと嘘をついて騙していた。  今まで彼にしてきた裏切りを思い出し、両手で醜くなっているであろう自分の顔を覆う。  彼に好きな人がいるって聞いたあの時、あんなに苦しく胸が痛くなるのを知っていたら、くだらない嘘なんてさっさとバラせば良かった。そうすれば、僕はさっさと君に幻滅されて、早いうちに君を諦められたのに。   「好きなのに……嘘ついて……お酒ぜんぜん飲めないのに……好きって……好きって言ったのは栄二くんの事だったのに……」  顔を覆った手の下で目頭が熱を持ち、次々と涙が溢れていく。淀みのように溜まっていた自己嫌悪が次々と心の中から溢れ出してきて涙が止まらない。  栄二くんは涙を流す自分を宥めるように、優しく頭を撫でてくれた。本当に都合が良すぎる夢の中の彼の行動にまた涙が溢れる。 「夕紀さん、落ち着いて一回水を……」 「ごめんって…………栄二くんをがっかりさせたくなくてっ……下戸なのに……嘘ついてて…………ッ  せめて夢の中だけでも嫌わないで〰︎〰︎〰︎〰︎!!!」  大声を上げ本格的に泣き出してしまっては、もう自分で止めることはできない。  グスグス鼻を鳴らし、まるで小さい子供のように泣きじゃくった。  結局、僕は栄二くんに好きな人が、恋人が居ようと居まいと最終的に彼に嫌われたくなかったんだと思う。  しゃくりあげて「ごめんなさい」と繰り返し、手の甲で何度も涙を拭う。すると栄二くんに優しく手を握られ、指先に唇を押し当てられた。 「大丈夫ですよ。がっかりしてませんから。」 「……本当に〰︎〰︎〰︎!?」  優しく笑った、僕の大好きな表情を浮かべた栄二くんは僕の手を握る反対の手の指の先で、僕の目から横に流れる涙を拭う。  続いて、どこから取り出したのか、水で満たされているコップに口をつけた。  一口、水を口に含んだ栄二くんの顔が近づいて、ゆっくりと唇が重なる。  驚いて息を吸うのに開いた僅かな隙間から、冷たい水が口移しで流れてきた。 「…………ッ!」  僕がゆっくり水を飲み込むと両手首がベッドに押し付けられ、口内に少し冷えた栄二くんの舌が入ってきた。  厚みのある舌は躊躇なく僕の潤った舌を絡みとり、舐る。次第に温かくなる口内から湿った音が耳に伝わり、お互いの湿度が高まった息が混ざった。   (きす…………舌、ぶ厚くて……きもちいい…………)  身体の力を抜いて自分からも積極的に舌を絡めるように舌先を動かす。  ドキドキと胸が大きく鳴っているのに、自然と安心感が芽生え、えもいわれぬ心地よさに身が包まれた。  たっぷりとキスを交わし大きなリップ音が鳴って唇と唇が離れれば、額に汗を滲ませた栄二くんの鼻先が僕の鼻先にくっついた。   「…………落ち着きましたか?」 「………………………?」 「…………しょうがないですね……。」  栄二くんがベッドサイドから何か取り出したかと思ったら、ビリっと音がして口の中に丸くて固いものを押し込められる。  口内に入ったものが何度か歯に当たって小さくコロコロと音が鳴った。口を閉じて改めて舌の上に乗せるとイチゴの味が広がる。  それはいつも自分が口にしている飴の一つだった。 (…………あれ? 味覚って……夢でこんなにリアルに感じるものだっけ?)  徐々にはっきりしてくる意識の中で、夢を見ている訳ではなくて、今までのことが現実に起きていたという自覚が徐々にクッキリとしてくる。  タイミングが良いのか、スマートウォッチの日付変更を知らせるアラームが小さく鳴った。   (……えっ? …………えぇッ!!?)  僕は現状を理解していくとともに羞恥心に包まれ、顔と耳、首まで熱くなる。  火がつきそうな熱の勢いは、酒での酔いとは違って肌がピリピリと敏感になっていった。 「……もしかして……夢……じゃない……?」 「……はい。」  栄二くんの返事に今度は全身から血の気が引く。  狼狽える僕の様子に栄二くんは小さく笑い、少し硬い指の先で僕の頬を撫でた。 「現実でも、夕紀さんを嫌いになったりしませんよ。」 「へ……?」 「……夕紀さんがお酒を飲めないっていうのは前から知っていまして。」 「なんで!!?」 「実は、夕紀さんの弟さんとは高校時代の同級生なんです。あいつから教えてもらってました。」  僕は口を開いたまま硬直した。 「そもそも、夕紀さんから一度もお酒の匂いがしたことは無かったし。  俺の鼻が良いって、知ってるでしょう?」    頬に触れていた指が少し下に移動して僕の下唇をなぞる。 「……じゃあ……なんでお酒の感想なんか…………」  僕の疑問に栄二くんは困ったように眉を下げて小さく「すみません」と口に出した。   「最初は知らなくて、純粋に会話のきっかけが欲しかったので……  知ってからは……反応が可愛くて……つい、いじめてしまいました……」 (可愛い!? いじめて!!?)  返答された言い訳が、まるで子供が気になる相手にちょっかいを出すような言い草で。  それよりも聞き捨てならない事を言われた気がする。 (知ってって……今までの全部……バレてたって……こと!!?)  そういえば弟が栄二くんを匂わせるようなことを言ってた…………かもしれない。  酔いが覚めて頭がハッキリすればするほど、状況的に夢であれば良かったのにと強く思うし、恥ずかしさと情けなさともろもろの感情から彼の顔を真正面から見られない。  目をギュッと瞑り、顔を横に逸らせば、栄二くんの両腕が僕の頭の左右に置かれ、囚われたようにベッドの上で身動きが取れなくなる。  大好きな人から何を言われるか分からない状況で怯えていると、息がかかるほど顔が近づけられ、ゆっくりと耳元で囁かれた。 「ねぇ、夕紀さん。さっき俺のこと好きって、俺に嫌われたくないって言ってましたけど。  それってどういう意味で言ってたんですか?」 「……!」    そういえば夢だと勘違いして好き勝手にとんでもないことを口走っていた気がする。いや、気ではなく、間違いなく口走っていた。   「えっと……その…………」 「詳しく、教えてもらってもいいですか。」  顔中から汗が噴き出そうなぐらい、恥ずかしくてしどろもどろになっていると耳の中に栄二くんの低い、甘い声がじわじわと入ってくる。  想いを寄せている彼に緩く囚われて、どこにも逃げられないこの状態で、嘘はもう吐けない。 「すき……は、好き……って意味で……」  自分が口にする言葉に、心臓がうるさいくらいに鳴って身体中が脈打つ感覚が指先にまで広がっていく。  こんなこと、直接言う気はなかったのに、改めて伝えてしまった。極度の緊張状態にまた目頭が熱くなって視界が滲む。  僕の頬に涙が一筋流れると、栄二くんは大きく溜め息をついた。びくりと、その音に身体が震える。  しかしなぜか栄二くんは小さく笑うと、横を向いていた僕の顎を掬い、顔を正面に戻した。流れる沈黙の中で恐る恐る瞼を開けば不敵に笑う眼差しと視線が交わる。 (うわビジュ良…………!!)  キメ顔に近い表情をする栄二くんに心臓を鷲掴みにされ、呑気に見つめてしまっていると突然、ちゅ、と軽いキスが降ってきた。 (!!!!?) 「好きですよ。俺も。」  栄二くんの顔が下がり、柔らかい唇が首筋に触れ、温かい大きな手のひらが胸元に落ちる。 「今の夕紀さんの格好が性的に見えるって意味も含めて。」 「……ッ!!!」  愛しむように胸を撫でられた瞬間、一気に恥ずかしさの極みに達し、身体がさっきとは別の意味で小さく震えた。  自分から脱いで、栄二くんに触ってと口にしたが、あまりにも破廉恥極まりない行いをしてしまった事を後悔し、また血の気が引く。  しかし、血の気が引いたおかげで、なんとか冷静に栄二くんが口にした言葉を反芻することができた。 「待って。誰を好きって????」  急に落ち着いて言葉を聞き返す僕に栄二くんが目を丸くする。  その表情をしたいのは僕の方だ。僕の耳に入ってきた言葉が確かなら、栄二くんは僕の事を好きだと言っているように聞こえた。  それじゃあ、飲み会の時に聞いた栄二くんの好きな人って、もしかして………… 「ですから、俺も夕紀さんの事が好きですって。」  淡い期待を抱く僕に、栄二くんは微笑みながらハッキリと言葉を返した。  彼の口から直接浴びる“好き“という言葉に僕は百面相もいいとこ、また顔が熱くなって、今にも弾け飛びそうな程、心臓が脈打つ。  あんなに散々、難しいことを考えて、苦しくて、辛くて、悲しかったのに、一瞬で抱えていた気持ちを反転させられる。   「……そ…………」 「そ? なんですか?」 「そんなこと聞いてない〰︎〰︎〰︎〰︎ッ!!!!」  僕は突然降って湧いた慣れない感情に大声を上げた。 「今言いましたよ。」 「そうだけど!  好きな人がいるって! 恋バナをしている時に涼しい顔して目を逸らしたくせに!!  僕をす、す、す、好きだなんて!! 栄二くんはずるいよぉ〰︎〰︎〰︎〰︎!!!」 「いや、あの時はその場で言うわけにはいかなかったですし、ね?」  また涙が出そうになって、思わずうつ伏せになり奥歯で飴を噛み枕を殴る僕を見て、栄二くんは珍しく動揺し声を上ずらせた。  枕から栄二くんの匂いが強くすることにも気持ちを掻き乱され、ここぞとばかりにワンパン叩き込む。  感情が爆発してどうにかなりそうだった僕は、暴れたことでやっと彼に告白された実感が少しずつ湧き、ここで自分の気持ちを整理することにした。  彼に好きと言われてすごく嬉しい。だってずっと好きだったんだから。ほどほどにしておかないといけなかった恋心が、自分で支えきれない程、大きくなってしまうくらいに。  栄二くんが僕のどこを好きになったのかは分からないが、このチャンスを逃すことだけはしたくない。  僕は改めて、どうやって彼と向き直ろうかと考える。  そうしていると、素肌の背中を、背骨をなぞるように指で撫でられた。 「ひっ……!!」  驚いて振り返ると栄二くんは黙ったまま、また僕の口に飴を押し込んだ。今度はレモンの味がする。  僕が大人しく飴を舐めて上目遣いに栄二くんを見つめ返せば、再び、唇が重なった。  栄二くんはキスをしたまま僕の胸に触れ、指で胸の芯を擦る。胸の先からジンとした熱感が生まれて、全身に鳥肌が立った。 「ぁ、ぅッ……!」    指の腹で芯の先をスリスリと撫でられ、情けない声が喉の奥から漏れる。 「ね、こういうことをしたいぐらいに、あなたが好きなんですけど。」  欲を滲ませた表情と熱がこもった視線で見つめられると、身体中が火照り、下腹部が昂っていくような感覚に陥る。  栄二くんが口にした言葉はどれも僕に都合の良いことばかりで、許容範囲を超える喜びに浮かれて、また大声を上げてしまいそうだ。  今にも彼に流されそうな雰囲気の中、口に含んでいる飴を少しだけ転がしてなんとか正気を保つ。 「……僕、男なんだけど…………」 「俺も男ですよ。」  最後の逃げ道として、僕が試すような言葉を絞り出すと栄二くんはまた即答する。  そして、甘えるように眉尻を下げたまま微笑む栄二くんの表情に僕の心臓は完全にトドメを刺された。 (そんな顔、ずるいっ!!) 「あなたを抱いても、良いですか……?」    伺いを立てられると同時に服越しに太ももへ固いものが押し付けられた。  好きな人が自分と同じ好意を持っていて、欲情しているという事実に昂る興奮を隠せない。  僕はあまりの急展開に少し戸惑いながらも、涙で腫れた瞼を閉じて、首を縦に大きく振った。

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