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第2話 僕の憧憬

10歳の頃、海で溺れたことがある。 小学校の校外学習で海に面した岩場を探検していた時のことだ。 僕は小さい頃から体が弱く、その日も夏の強い日差しに熱中症になりかけながら、フラフラとした足取りで狭い岩場道を並んで歩いていた。 「風宮〜早く歩けよ〜」 後ろにいるのはクラスのムードメーカー。 彼も暑そうな様子でおどけながら急かしてくる。 「…ごめん、ごめ」 振り返って笑いながら謝ろうとしたその時だった。 「...っ!」 急に視界が真っ白になり体がよろめく。 と、同時になんとか踏み切って体を支えようとするが、暑さで弱りきった足はうまく動かなかった。 バシャーーンッ 全身が波に包まれる。 必死にもがこうとするが、服の重みで動きづらい。 呼吸しようにも海水が鼻と口に入る。 なにより、消耗した体力では抵抗も虚しかった。 クラスメイトたちは、 溺れたの?先生どうしよう!と、ザワザワしている。 担任の先生も、慌てて今にも泣きそうな様子だ。 あ、もうだめだ。 息が苦しくなり、意識が途絶えそうになったその瞬間。 「待ってろ!」 軽快な声と共に聞こえる大きな波音。 長い手足が波を掻き分け近づいてくる。 それが最後に見た光景だった。 「__風宮!聞こえるか!」 目覚めると、いかにも活発そうな顔が覗き込んでいる。 おー起きた!と白い歯を見せながらニカっと笑う。 クラスメイトの高尾晴海。 いかにもスポーツができそうな恵まれた体格で、正義感が強くて元気いっぱい。 男女問わずの人気者だ。 休み時間も教室で読書している僕とは違って、校庭でサッカーしているタイプだから、あまり関わりはなかった。 「大丈夫!? 晴海が岸まで連れてきてくれたんだよー!」 急に飛び込むからびっくりした、と呆れ顔で女子が言う。 ようやくはっきりした視界で周囲を見渡してみると、どうやら岩陰に横たわらせてくれたようだ。 周りには安堵した様子の先生や、既に砂浜で遊んでいる同級生たちの姿も見える。 「ありがとう、高尾くん。迷惑かけてごめんね」 「全然!ちょうど泳ぎたかったから。 てか晴海でいいよ!みんなそう呼んでるしさ」 目尻を下げて冗談ぽく満面の笑みを浮かべる。 みんながこの人を慕う理由がわかった気がする。 根っこから明るくて、いわゆる"良い人"なんだ。 なにより、この笑顔を向けられてると自分まで気分が良くなる。 ほら、と差し伸ばされた手を握ると、僕より少し高い体温が、手を通って心臓まで熱を通していくようだった。 この一件から、僕と晴海は徐々に親しくなった。 大人しくて何かと1人になりがちな僕を、晴海は輪の中に入れてくれた。 体の弱い僕は相変わらず、教室の窓から校庭を眺めてばかりだったけど。 それでも晴海は僕のことを何かと気にかけてくれた。 テストの点数で叱られた晴海に放課後レッスンしたり、無理やりホラービデオを見せられたり、テレビゲームをしたり...。 多少強引なところはあったけど、それがなぜだか心地よかった。 思い出すとキリがないくらい、僕にとっての小学校生活は晴海でいっぱいだった。

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