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第3話 准教授

 顎から唇に向けて二センチ、薄っすらと残る傷跡は准教授と同じ。  けど、そんなわけなくないか?  だって、あの准教授が――。 『あ……ぁ……』  目が覚めるような、ド派手なピンク色のディルドを咥え込みながら、達した余韻に浸ってる。ビクビクって、腰を跳ねさせながら、四つん這いになっていたその人は、力が抜けたのか前屈みになった。  カメラはその人の痴態がよく見えるよう前に定点で置かれてる。  咥え込んだディルドも、吐露した性器も、その全部をスマホの画面のこちら側に曝け出しながら。 『ぁ……ン』  それを抜く瞬間すら気持ち良さそうに喘いでる。 『すご……ぃ』  そして、四つん這いのまま、自身の身体が快楽に浸っていることを確かめるように、自分の白い手で弄って、遊ぶように、ピンク色の乳首をつねった。 『ンっ』  それが悦かったのか、最後、ビクンと大きく背中を剃らせて、自分でつねった乳首を可愛がるようにその白い指で撫でて……。 『あっ、また……イクっ』  そう呟くと、カメラの前に倒れ込んだ。 「!」  やっぱり口元にはっきりと傷跡があった。  准教授と同じ古い感じの傷跡。  あの『恋』を語ったその口元にあったのと同じ傷跡。  ―― 純粋で、普遍的な感情のように。  講義の時には澄んだ声。  今は、純粋からは程遠いピンク色を咥えて、腰を振りたくって、あられもない声を上げてる。  お姫様からは程遠い痴態を誰が見てるかもわからない画面の向こう側に見せつけるように、快楽にしゃぶりついてる。 「…………マジかよ」  それはひどくふしだらで。 「……」  釘付けになった。 「……アキ」  その動画を配信していたのは『アキ』という名前だった。  あの人、下の名前なんていうんだっけ。流石に覚えてない。ただ、みんながその見た目から『お姫様』と呼んでいるから苗字を知ってるだけで。経済学部の学生が現代文学の准教授の名前になんて興味はなくて。  興味なんて、持ってなかったわけで。 「……」  その『アキ』の動画をものすごい数の人間が見ていた。数字にばらつきはあるものの、何万って数の視線がその人を眺めた跡が残ってる。コメントも残ってる。  もちろんそこに並ぶ言葉、単語はどれも稚拙で、教養の欠片もないものばかり。  どれも、あの准教授は眉をしかめそうな欲まみれの言葉ばかりで。 「……」  しばらく『アキ』の今までの痴態をスクロールしながら、身体がジワリと熱くなってくるのを感じた。 「昨日の雨やばかったな」  講義が終わったところ。チャイムと同時にちょうどでかいあくびをしたところで、友人の宗太がひょこっと現れた。 「ねむそー。珍しいな、あくびなんて」  しまった。ちょっとキャラから外れたかも。けど、仕方ない。昨日は結局何時に寝たんだっけ。しかも課題やってないし。  だって、『アキ』のを――。 「昨日、ユアちゃんたちの飲み会行かなかったんだって? 課題?」  あ、あの女子、ユア、だ。全然名前出てこなかった。 「サークルのみんなも大和来ないのかよってテンション下がってた」 「ごめん。課題先にやっておきたくて」  宗太がそんなことだと思った、とにこやかに笑ってる。 「今日は? サークル来る?」 「あー……」  いや、課題、やりたかったけど、一つも手をつけてない、とは言えず。どの理由にしようか、面倒だけど頭の中の引き出しを開けて探してた。 「いや、今日はちょっと」  面倒だな。そう思いながら、愛想笑いだけ浮かべ、席を立った。 「不参加かぁ。お前が来ないと女子のテンション下がるんだよ」 「そんなことないでしょ。宗太がいれば全然」 「いやいや、そんな謙遜とかしなくて良いから」 「謙遜じゃないって」  廊下に出るとちょうどこれからランチタイムだからなこともあり、とても賑やかだった。週末が近いからか、なんとなくはしゃいでいる。 「別に、俺は本当に……」  言葉が、消えた。  その賑やかな人混みの中、埋もれてしまいそうな華奢なその人がこっちに向かって歩いてくる。 『お姫様』だ。 「いやいや、大和のモテ方、ハンパじゃないから」  近くで見ると本当に華奢だった。背も、俺より低い。と言っても平均的な身長だ。ちゃんと男って、そのシルエットでわかる。年齢はいくつなのか近くで見ると余計にわからなくなるけど。 「? 大和?」  静かに、そっと、そこにいる。 「? 現代文学のお姫様じゃん」 「知ってる?」 「いや、俺、あの人の講義取ってないけど」 「……」 「でも、准、なんじゃなかったっけ?」  そう、ただの准教授。 「教授っていいよなぁ。准教授は色々忙しそうだけど」 「……学会で忙しいんだろ」 「いや、そんなにしょっちゅう学会ないでしょ」  お人好しで、学生にも「楽ちん」って言われてる。 「俺も、いるだけで単位もらえるんなら取っておけばよかったわ。現代文学。レポートとか、就活の論文にも使えそうだったし」  おとなしくて、ちっとも目立たない。 「宗太は、あの准教授の下の名前知ってる?」 「? 下の名前? ……いや、知らない」  名前もわからない、地味な准教授だ。 「なんで?」 「……いや、別に」 「?」 「若いのに、准教授なんてすごいなって思っただけ」  昨日までなら、すれ違ったことも覚えてなかったかもしれないその人の、口元の傷跡を確かめるように目で追いかけていた。

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