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第6話 新作

 サークルに入った。  読書会サークル。  まぁ、別に、面白いわけじゃないけど、退屈ではないから。  今日、初めて姫宮准教授と言葉を交わした。  澄んだ声は綺麗だった。  近くで見ると、思ってたよりも小さくて細かった。  今日はちょっと疲れたなぁって思ったから、知り合いからの飲み会の誘いに断りのメッセージだけ入れておいた。  大学が終わって、読書会サークルに初参加して、大学を出たのが夜の六時すぎ。そのまま自分の部屋に帰って、夕飯食べて、風呂上がって、課題片付けて、動画を見たりしながら。  ソファに座って、ただ流れてくる色んな動画を閉じ、『アキ』のチャンネルを見に行った。 「……ぁ」  思わず、声が出た。 『アキ』の新作が出てたから。  アップされたのは三十分ほど前。  つまり、ついさっき。  けど、フォロー登録をしている男どもが群がるように、『アキ』の最新動画にもうコメントを置いていってる。  男どもは大喜びだ。  最近、お気に入りのピンクのディルドを自分で出し入れしながら、あられもない声を上げてる。 『あぁっンっ、すご、いっ、これぇ、イク、イクっ』  今日はシャツを着てるんだ。カウパーが多い『アキ』のそれがよく見えない。白のシャツで、綺麗なピンク色の性器も、乳首も見えないのに、ひどく卑猥だ。 『あ、あ、あンっ、これ、気持ちいいっ、あぁン、あっんっ』  あ、さっき姫宮准教授も白いシャツだった。まぁ、白いシャツなんて誰でも着るから、それだけで同一人物だなんて決められないけど。  でも、今日、間近で見たあの人と同じ白いシャツかもしれない。 『あ、奥、奥っ』  今日、主人公の思考を丁寧に読み解いて、淡々と述べていた、その声が、今、世界で一番いやらしい喘ぎ声に変わってる。 『あ、ズボズボしちゃうっ』  あの手で、卑猥なピンク色をした男性器を模したハリボテを握り締めて。  誰にも見せないはずの場所をカメラの前に晒してる。 「……」 『あぁ、イクイク、イッちゃう』  そう喘ぐと、男たちが大騒ぎをして悦んでた。  ね、知ってる? その人、大学で准教授してる人だよ。すごい頭が良くてさ。神童なんじゃん? なんて言われてる。文学系の准教授で、その若さなんて普通ありえないんだ。  清潔で、真面目で、いつもにこやかな人。 『あ、あ、あぁぁぁぁぁぁっ』  いつも、白い壁に淡いグレーのカーテンしかカメラには映ってない。この四角から見える『アキ』の世界はそこだけ。たまに床も映すけど、撮影場所には『アキ』の日常が伺えるものは一切映ってない。って、そりゃ、そうでしょ。映ったら大変だ。  大学の准教授が、講義をして、真面目な学生と一緒に文学について学びを深めるサークルの顧問やってる、そんな人が、うちに戻ってから、ハリボテの性器使ってオナニーの動画配信なんてしてたらさ。 「……」  大問題でしょ。 「読書会サークル会入ったの?」  大学で、講義を終えて出てきたら、ユアがひょっこり現れた。  巻き毛をちょっとうるさいくらいに跳ねさせながら、ゼリーみたいに見える唇をキュッと結んで。 「……入ったよ」 「そっかぁ。やっぱ、佐久くんは、すごいよねぇ。就活用に入ったんでしょ? 面白い?」 「うん。面白いけど」 「えー、すごー。さすが佐久くん」 「?」 「なんでもできて、優等生で、かっこよくて。もう欠点なんてない感じでさー」 「……」 「私も、読書会サークル入ろっかなぁ」 「どうだろ」  そこでユアが首を傾げた。  思わず、拒否反応が勝手に出た。ユアが読書会サークルに入ることに、なんか、邪魔だなって、心の中で思ってしまった。  慌てて、入るなら、俺が元々入ってるサークルの方を勧めて誤魔化したけれど。 「じゃあ、そっちのサークルがある時、佐久くんにまた会えるんだっ」 「……多分」 「えぇー? 多分じゃ、やだー」  ちょっと、うるさい。 「佐久くんがいるサークルに入る」  ちょっと、めんどくさい。 「いるよ。用事がない限りは」  知ってる? 君が知ってる佐久大和って、偽物だよ。作り物だから。そのほうが生きてく上で、生活していく上で、楽ができるから作ってるだけ。笑顔で、誰にでも優しくて、なんでもそつなくこなせて。人に優しいのは素晴らしいことだけど、そんなに人って優しい生き物じゃないでしょ。  自分のことが一番で、人のことは二番じゃない?  別に、君のこともなんとも思ってないし、なんなら名前も知らなかったし。 「本当?」 「うん」  だから、こんな会話をしてることも面倒で、だるくて、早く立ち去りたくなってる。 「それじゃあ」 「うん。バイバーイ、またね」 「またね」  知らないでしょ。  今、全然、「またね」なんてこれっぽっちも思ってないんだ。  だからかな、何か楽しいことを。ユアのお喋りの相手をするのは退屈だったから、かな。 「……」  今日は水曜日じゃないから、あの教室にいないかもしれないけど、なんとなく足が向いた。いたらいいな、なんて思いながら、現文科の棟に足が勝手に向かってた。  いたらいいなって――。 「あ、君は……昨日の……」  思いながら。 「佐久くん、ですよね?」 「あ、はい」  そしたら、いた。  ちょっと、気持ちが弾んだんだ。 「もしかして、何か読みたいなと思って来てくれましたか?」 「ぁ……まぁ」 「それなら、どうぞ、これ」 「……すみません」  そして、文庫を一冊貸してくれた。 「ちょうど読み終わったんです。もし、面白かったら教えてください。サークルで題材にしようか迷ってたので」 「……」 「佐久? くん? が面白かったなら、ぜひ、題材に」  昨日、ディルドを握った手で本を手渡してくれた。  なんか、イライラしてたんだ。ユアに引き止められたのもその一因だと思うけど。なんかさ。ちょっと、苛立ってて。だから、口が勝手に。 「ピンク」 「……え?」 「ピンク、好きなんです?」 「……」  そう口走ってた。  大きな瞳を更に大きくさせて、ピンク色の唇をうっすらと開いて、驚いた顔をしてる。  俺はそれ以上は何も言わず、その口元、顎のところの傷痕に視線を移した。 「それ、何で怪我したのかなって」 「!」  今日、講義を終えて、ここに寄って帰ろうと思ってたのに、ユアに引き止められて、少し苛立ったんだ。  昨日、『アキ』の動画に男達が群がっているのが、なんか、ウザかったんだ。  だからかな、苛立ちのせいか、口が勝手に、そんなことを口走ってた。 「本、ありがとうございます。読んでみます」  そして、ぺこりと頭を下げて、教室を出た。

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