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第7話 舌打ち
「あ……」
自室で一人、思わず呟いた。
「……えー……マジで」
俺、これが一番気に入ってたのにな。再生回数だって、いいねの数だって、一番だったじゃん。
「わかりやすー」
あの後すぐに消したのかな。
あの若さで准教授。めちゃくちゃ頭がいいんだろうに、どっか抜けてるのかな。
こんなさ。
ピンク好きなんだ、なんて言われて。
その傷痕が気になるって言われて。
その日のうちに、『アキ』の動画一覧から、「あの」動画だけ削除しちゃったらさ。
もう自分が『アキ』です、って言ってるようなもんじゃん。
「……」
あの動画だけ、『アキ』の口元が映ってた。だから、他の男どももこぞってその口元についてしゃべってたんだ。絶対美人とか、顔出ししてくれたら何万か出すとか。もう大騒ぎ。
いくらでも積むから顔見せてなんて言ってる奴もいたっけ。
『アキ』は動画に投げ銭をされないようにシステムでブロックしてた。そこがまた「謙虚」って感じでさ。
ビビった、かな。
あわてたよね。
誰だって持ってる、何かしら、人に知られたくないこと。隠してること。
俺の隠し事は、胸の内で考えてること、かな。そんな優等生じゃないし、いつもにこやかに笑ってる顔の裏側ではめんどくさいって連呼してる。
誰でも秘密を一つや二つは持ってる。
そして、あの人の秘密は、もちろん――。
「姫宮アキ……」
それを知られてしまったってなれば。
心臓、止まっただろうな。
「姫宮秋恭(あきやす)だよ?」
昼食を食堂でとっていると、ユアがやってきて、読書会サークルはどうするんだ、自分もやっぱり入ろうかな、とか、なんだかんだ、話しかけてきた。
「あの准教授の下の名前」
へぇ。秋恭で『アキ』か。
ねぇ、ちょっとさすがに安直すぎない?
それこそ、初期のうちならよかったかもしれない。もう再生回数はどれ何万回位になってるから、『アキ』の動画の初期が当時、アップしてすぐの頃にどれだけ再生されてたのかはわからないけど、でも、初期のものへのコメントの数はぐんと少なかった。その頃だったら、秋恭で『アキ』でも大丈夫だったかもしれないけど。
今はダメでしょ。
あんなあっという間に再生回数が伸びて、コメントもわんさかで。
それであの傷痕に、その名前って。
身バレしたいですって言ってるようなもんじゃん。
「なんで、佐久くんが急に現文に興味ありありなのかわかんないけどさぁ、けど、あの准教授、若くして准教授ですごいけどさぁ。気をつけた方がいいよ」
自分が『アキ』ですってさ。
「なんか、ちょっと現文科の子と話してたけど。あ、読書会に入ってる岩下さんじゃなくて。他の子。同じサークルなんだぁ。あ、ね、ね、そのうちが入ってるサークルなんだけど」
「姫宮准教授がどうしたの?」
「え?」
いや、君が入ってるサークルとかどうでもいいんだけど。
「あ、そうそう、あのね。あの人があの若さで准教授になれたのってさ」
そう、普通、あの年で准教授なんてなれない。他の科の准教授だって、そう教授と歳は変わらない人が多い。だから余計にあの人が目立つんだけど。
「現文の教授とデキてるんだってー、キモー、こわー」
「……見たの?」
「ううん。見てないけどさぁ。でも、現文っていっつも准教授じゃん? それって、なんで教授じゃなくて准教授って。愛人だからなんじゃないかって」
くだらな。
そんなことか。
「他にもさ、あの傷痕。知ってる? ここに薄っすらだけど、傷痕があるの。刃物で切り付けられたような」
「……」
「あれは、その教授とのことを奥さんにバレて、キレた奥さんに刃物で切り付けられたんじゃないかって」
「……」
「じゃないとあんなところに傷なんてできなくない? 転んだとかじゃない傷なんだってー」
そのどれもが憶測じゃん。
「……へぇ」
憶測すぎて、幼稚すぎて、思わず「素」の自分が返事をしてた。
「そっか。教えてくれてありがとう」
だから、大急ぎで「いい人で優等生」のお面を顔にくっつけて、にこやかに答えておいた。
ねぇ、だから、わかりやすすぎじゃない?
「あー、それでは、今日は前回の講義の続きからか。恋について」
ほら、みんな、この講義を昼寝用にしてる奴らがざわついちゃったじゃん。
「静かにー」
そんなこと言われたことがないって、みんなざわついてる。
今日の講義は教授が自らやるのかよって。
「えー、じゃあ」
けど、そう思ってるのは教授もなんだろう。めちゃくちゃめんどくさそうに、顔をしかめっ面にさせながら、そのしゃがれた声に、何をそんなに腹に詰め込んでんの? って、体を揺らしながら、「恋」について語り始めた。
全く似合わないその声と「恋」にみんな、講堂にいる全員がぐったりとしながら、仕方なしに、ペンを手に取った。
「まずは筆者が語る――」
もう少し、軽めのジョブにしておけばよかったかな。
「ここで語られている気持ちの解釈は」
いきなりどストレート決めた感じ?
「アンバランスの極みではあるが」
―― 現文の教授とデキてるんだってー。
想像した。
あのデブっ腹に跨るあの人を、思いきり、動画の『アキ』が使ってるピンクのディルドをあの教授のに取り替えて、喘ぐ姿を。
―― じゃないとあんなところに傷なんてできなくない? 転んだとかじゃない傷なんだってー。
あの傷痕のある口元で、卑猥な喘ぎ声をこぼすところを、想像して。
「……ッチ」
無性に、なんか……なんかね。
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