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3あっちの裏側へようこそ②
この間は本当に最悪だった。
幸い強制ヒートはそいつが離れると不思議と治まったからいいものの、まさかあの生殺し状態のまま放ったらかしにされるとは思わなかった。
正式なキャスト配属もまだ(お試し指名は可)、アルファとの番契約も成立していない裏方奴隷の悲哀が全身に沁みる。
そして、毛玉がヒモなりに俺を助けようとビルの下で鳴いてくれていた事が分かったので、今日は美味しいものを沢山買って帰ってやろうと色んな店を歩き回った。
そうして買い溜めした高級なおやつ類を、クラブ・イシュタルのスタッフ用冷蔵庫にギチギチに仕舞い込んだ、その直後だった。
普段は万年お茶を挽いている俺に、珍しく単体の指名が入ったのだ。
「おお~! 本当にアルファみたいにがっしりしたオメガさんだね! あ! ごめん……」
「なはは~。云われ慣れてま~す」「ところでお隣の方は?」
「もしかして、同じ魔人……の方ですよね?」
「直忠が魔人に指名されるなんて初めてじゃない? いっつも酔っ払いの金持ちの道楽で玩具にされてんのに」
俺が席に着くや否や、指名されてもないのに現れた三毛猫達が、矢継ぎ早に捲し立ててくる。
一部の魔人は天界の名残で獣の頭蓋に毛皮のローブを纏っていることがあるので一目でそれと分かりやすい。あと耳が尖っているのも人間との明らかな違いだ。ハーフの場合は特徴を引き継ぐかは半々だが。
因みにコル・ドラコの一部が獣の耳と尻尾の獣人のような特徴を持っているとかなんとか……。
俺が普段からお茶を挽きまくっているのを知っているからこそ、周りの常連客も三毛猫達も興味津々で見つめてくるのが伝わって来た。
「ああ、彼は僕の友人なんだ。いや実は、恥ずかしながらクラブに来るのは初めてでね……。で、コイツに無理を言って一緒に来て貰ったんだけど……。おいナハト、クラブじゃそのローブ外せよな」
「嫌だ」
(……あれ?)
聞き覚えのある低い声。それだけじゃない。はた、と鼻腔をくすぐる濃厚な匂いに気付く。
そして相手だって、今この瞬間に気付いている筈だ。
こいつは──この間の、俺をヒートさせて逃げた生殺し野郎だ!!
俺は素知らぬ顔でそいつ──ナハトの隣にどっかりと腰掛け、更にガンギマった恨めしげな眼差しを至近距離から向けてやった。
するとナハトの獣の頭蓋が、ふい、と不自然に余所を向いた。
「ど~も~」
そっと身体を寄せてみた。すると、然り気無く、だが確実に避けられる。ああ、やっぱり間違いねぇ。
「あ、ハジメマシテ~」
まあなんて白々しい。俺はあの夜の焦燥感を一秒たりとも忘れてねぇかんな。
「あはは。なんかぁ、俺たち初めて会った気がしないんだけど、気の所為?」
「ん~、気の所為じゃねぇ?」
(……あくまでも最後まで、すっとぼけるつもりかぁ~?)
「いや~、このイシュタルに珍しいオメガが居ると聞いて来てみたけど、本当に来て良かったよ! ねぇ、真宵君。君は、あの“スカーフェイス”って存在を知っているかい?」
眼鏡を掛けた伊達男であり、俺を指名してくれた客の兒玉さんがテンション高めに、キラッキラの瞳で語りかけてくる。
「地下闘技場で全戦全勝無敗を誇った、伝説の闘士スカーフェイス! それが突然の引退で行方を眩まして──……その外見的特徴が、どう見ても君と重なるんだよねぇ……。それに君の源氏名ってスカーフェイスだろ? もしかして君って──」
(ここは正直にぶっちゃけた方が良いのだろうか……?)
「……え~~っと、……」
俺が口ごもって思案していると、その瞬間、外から鼓膜を震わせる重低音の堕竜警報的サイレンが鳴り響いた。
同時に、机の上のスマホからもアラームがヒステリックに鳴り始め、店内が余計に騒がしくなる。
「あ──、ちょっと俺、急用が出来た。悪い、帰るわ」
「ナハト、気を付けてな」
「ああ。分かってる。兒玉、あとは宜しくな」
児玉さんは何か事情を分かっている様子でそっと送り出し、ナハトは片手を少しだけ上げてから、さも当たり前のように店を出て行ってしまった。
無事に堕竜の討伐が終了した後、俺はクラブ『イシュタル』を退勤し、夜の街をあてもなく散策していた。
ぺったんこのお腹を上からなで擦りながら、ふと考える。
(たまには、まともな外食もしたいよね、と……)
ナハトの奴にはあのまま素っ気なく逃げられた。まさに逃がした魚はでかかった。この生殺しによる苛々を綺麗さっぱり治めるには、胃袋にうまいもんを叩き込むしかねぇ!
雑多できらびやかな繁華街とは真逆の方向へ足を向ける。いつものように薄暗い路地裏を通り、俺だけの秘密のルートから辿り着いた寂れた場所に、そのお気に入りの飯屋はひっそりと佇んでいた。
カラララ、と軽い音を立てて木製の引き戸を開ける。「らっしゃい」 大将が低い声で、こちらに背中を向けたまま作業を止めずに迎えてくれた。
むしろ、ぎょっとしたのは先客の方だ。
カウンターにいたおっさん達が、俺の首元を見て目を真ん丸にしている。チョーカー、イコールこの世界におけるオメガの証だ。
「うわ、首輪してる! こいつオメガか!?」
「ほええ~~、女のオメガなら見たことあるけど、男のオメガって本当に居るんだなぁ」
「オメガは殆ど魔人やアルファの物だから、滅多に野良じゃ見ねえなぁ」
半分出来上がったような赤らんだ顔のおっさん達が、目ん玉をしぱしぱさせながら、俺を珍しそうに眺めてはげらげらと笑っていた。
俺はそんな視線を柳のように受け流し、空いている席に腰を下ろす。
「おっちゃん、お任せ~」
「あいよ」
この飯屋には決まったメニューが無い。基本的には、その日に店にある材料でのみ料理が出てくるシステムだ。
大将オリジナルの即興飯。これが、笑っちまうほどめちゃくちゃ旨い。
出来上がった料理を口に運んで舌鼓を打ちながら、他の客の何気ない世間話や、店の鄙びた雰囲気に癒されて帰るのが、俺の密かな日常の楽しみなのだ。
今回出てきた料理は、ナポリタンにガーリックライス、ワカメの味噌汁にポテトサラダ、そして茄子の煮浸し。炭水化物の暴力に寄り添う、完璧な布陣だ。
(これこれ、めちゃくちゃ美味そう……!)
「いただきま~すっ」
太いフォークでナポリタンを巻き取り、勢いよく口に運ぶ。
至福の味が広がる中、茹でたこみたいに顔を赤くしたおっさん達の会話が耳に届いた。
「そういや、さっきの堕竜は中型くれぇか? 今回も街に被害が出なくて何よりだなぁ。でも、明日は満月だろ?」
「あ~、例の『ワルプルギスの夜会』だろ?」
「今回は死人が出ないと良いけどよ……。“竜の心臓(コル・ドラコ)”が普段から被害を出さないように張ってくれてんのに、若い盛りってのは……全く」
「まあ、怪我人は確実に盛りだくさん出るわな」
「あのイベントは、ドラコに憧れる頭の悪いやつばっか暴れてっから、いっつも血生臭い何か起きるべ」
「候補生ってのはそーいうもんよ」
したり顔でおっさん達は酒のお代わりを頼みながら、ちみちみとつまみを食ってわはわはとご機嫌になっていた。
「ふ~~、食った食った。……ん?」
大満足で箸を置き、ふとポケットのスマホを見れば、一件のメールが届いていた。
送信者は三毛猫だ。
件名:『明日はワルプルギスの夜会』
本文:兒玉さんが俺達を夜会に誘ってくれた話、まさか忘れてないよな? 絶対来いよ。場所は──。
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