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4ワルプルギスの夜会①
(あ~~、噂のあれかぁ……)
夜会。満月の夜に不定期に開催される大型イベントだ。
建前としては、エンブリオお抱えの堕竜討伐の国家精鋭部隊である『竜の心臓(コル・ドラコ)』と呼ばれる部隊員達の活躍を称えるもの──と、そこまでは聞こえが良い。
だがその実態は、単純に血気の余った候補生達が集まって暴れる、やんちゃ共によるやんちゃ共の為の、羽目を外し倒したクソ喧嘩パーティーらしい。
ただ、ぶっちゃけてしまうと、クラブ『イシュタル』のキャスト側にとっても出たくて仕方がない、最高に美味しいイベントなのである。
何しろクラブの最高位に君臨するイシュタルで人気が無かろうと、カースト最上位である本物の魔人とお近づきになれるチャンスがある上に、「夜会に招待された」という事実イコール、それに価する一級品のキャストであるというステータスを証明されたも同然だからだ。
勿論イシュタルにも魔人は普通に来るが、それよりも若くて将来有望かつ竜の心臓の関係者になり得る獲物は手に入れたいところだろう。
人間のオメガとしてはモルガナで繋がりを作る手もあるが、何しろそういうアルファは人気が高いので魔人のハーフであるオメガでないとなかなかお近づきになれるチャンスを掴みづらいところでもある。
魔人やアルファ側にしても、美しくてカーストの高い上質なキャストを周囲に侍らせることで、「如何に己が優れているか」を他者に誇示できる。まさに双方Win-Winなわけだ。
(まあ、俺はセックス出来れば何でも良いんだけどね──あ、もしかして、あのナハトってやつも来るかも?)
そんな下世話な邪推をしつつ、美味い晩飯でご機嫌になった足取りで家路に着く。
アパートで待っていた毛玉に大量の美味いお土産をたらふく食わせてから、俺はそのまま布団に潜り込んだ。
次の日の早朝。
ん~~、と盛大に背伸びをしてから、昨夜のメールと『夜会』のことを思い出す。
(そういや、今日がその夜会当日だっけ……)
取り敢えず洗面所で顔を洗い、朝飯を腹に詰め込んでから、モルガナのリモート通信訓練の支度をする。
いつものように画面の向こうの座学プログラムをぼんやりと受け終えた後、さてどうするかと思案を巡らせた。
一応、これでも夜のパーティー(乱闘)に向けて身なりには気を使ったつもりだ。おろしたての新品のパーカーとジーンズを選び、お気に入りのスニーカーを引っ張り出す。
風呂場でも念入りにゴシゴシと身体を洗った。これで匂いも大丈夫、なはず……。香水もちょっとかけとくか。
だって要は不良の集まりでしょ? これで良くね? 理論である。
そうして辿り着いた集怪の会場は、誰もが名前を知っているような、超高名な高級一流ホテルだった。
高級ホテル『ザ・パレス・レジデンス東京』。
そこは、ガラス張りのエントランスから溢れ出る白熱光が、夜の六本木の闇を黄金色に塗り潰す、選ばれた強者と富豪のための聖域だった。
リムジンや漆黒の高級外車がロータリーに滑り込み、ドアが開くたびに、仕立ての良いタキシードや、肉感を艶やかに強調したドレスを纏った若者たちが降り立つ。
誰もがこれから始まるモルガナの魔人たちの秘密の宴──『夜会』に胸を躍らせ、特権階級の特異な熱気を放っていた。
……おいおい、何処の世界にそんな最高級の場所に、こんな普段着丸出しのラフな格好で行く奴が居るんだよ。
どこに来いとは書いてあったけどよ、集合場所が最高級ホテルって事と、ドレスコード位あるよって事くらい、予めちゃんと教えとけと、三毛猫に小一時間説教したくなった。
見事に煌びやかドレスやスーツで着飾った若い奴らが、じゃんじゃかとホテルの豪華なエントランスへと吸い込まれて行く。
そんな喧騒を横目に、俺の足は、まるで鉛の塊にでもなったかのようにアスファルトへと深くめり込んで動かなかった。
何故なら──ここは、俺がオメガとして解放される以前まで、文字通り血反吐を吐きながら無敗で戦わされていた、あの『地下闘技場』が存在する因縁のホテルだったからだ。
俺は三毛猫達を恨めしく待つ間、明らかに場違いな格好と見た目からの好奇の目に晒され、一人だけ致命的に居心地の悪い空気にいたたまれなくなって、ソファから大きな身体をのそりと立ち上げた。
「……ちょっと、ションベン行くか」
誰に言うともなくそうボヤき、ホテルの豪華な大理石の床をスニーカーでペタペタと踏み鳴らしてトイレへと向かう。
そこで出会った、否、遭遇してしまった。ここで一番会いたく無かった相手、そう俺の暗黒時代を彩ってくれた憎むべきストーカー。
間違いない。あの巨体、あのガンギマッた淀んだ目──そう、畑頼……!!
きゃつとガッチリ視線が合ってしまったからにはも~大変。俺は速攻で逃げた。
「なぁ~はっはっはァ~! 残念だったな畑頼ぃ~~! ほれほれ、捕まえれるもんなら捕まえ──」
廊下を激走しながら、ちら、と背後の畑頼を振り返って煽り文句を投げつける。
だが、奴は追ってこなかった。ただ、狂気に濡れた濁った眼球でニチャァと笑い、ポケットから黒い機械 ──ホテルの管理スイッチを盗み出していたらしく、それを乱暴に押し込んだ。
瞬間。
ガコッ、と重金属音が響いた。ホテルの大理石の床が、幾何学的な模様を描きながら、まるで巨大な顎を開くようにパカリと割れた。
「ほい? ────いやあぁああ!?」
182cm、筋肉の詰まった鋼の体躯から放たれたとは思えない、絹を裂くような乙女のごとき悲鳴を上げて、俺は真っ逆さまに奈落の底へと落ちていった。
◆
「いったぁ~い……。な~にぃ~もぅ~。トラップかよ~。なんで畑頼がそんなもん持って……あ」
ドスン、と凄まじい衝撃と共に尻餅をついた。
床はコンクリート。周囲は、光が一切届かない完全な暗黒だ。漂うのは、長年蓄積された血錆と、饐えた埃の悪臭。
即座に、背後から生温かく、鼻息の荒い肉塊が、俺の太い腰にしがみついてきた。
「つかまえたぁ~、スカーフェイスぅ……」
「ぎゃあぁぁ!? 離せぇ! 抱き付くな! 衣服に手垢がつく!!」
「離さないぃ……ずっとお前の匂いを嗅ぎたかったんだぁぁ!!」
「っ、腰を振るなお前ぇ! このおたんちん! どこに擦り付けてんだ! ああん、らめぇ……っ」
畑頼の巨体が、俺の身体に、盛りのついた犬のように狂おしいほどの執着を込めて悶絶しながら擦り寄ってくる。
闘技場時代からのストーカーの執念は、まさに底無しだった。
その時、暗闇の奥から、低く冷徹な、だが脳の鼓膜を直接震わせるような、絶対的な支配者の声が響いた。
「──おや? メインディッシュが漸くご登場だ。そのミジンコのような脳味噌でよくやった畑頼。ようこそ、スカーフェイス」
カッ!!
突然、天井に設置された超高出力のスタジアム照明が点灯した。凄絶なまでの白熱光が暗闇を暴力的に塗り潰す。
俺と畑頼の頭上へと正確に落されたスポットライトの猛烈な眩しさに、視界がチカチカと明滅した。目を眇め、光の境界線の向こうを睨みつける。
そこにあったのは、かつて俺が何百回と立ち、他人の血肉で足元を汚し続けた、あの直径数十メートルの円形闘技場だった。
そして、観客席の最前列から見下ろすやんちゃofやんちゃな魔人達。
「え、誰……?」
俺の間抜けな声だけが、血と執着に塗れた密室の戦場に、空しく響き渡った。
はた、と目の前の異様な存在たちに気づき、俺は眩しさのなかで何度も瞬きをした。
そこにいたのは魔人の連中だ。世界の支配者気取りのアルファどもが、周りにキャストたちを侍らせて、値踏みするような不快な視線をこちらに寄越している。
その間も、ストーカーの畑頼は相変わらず俺のケツにひっつき虫の状態で、モゾモゾと腰を振っていて最ッッッ高にうざい。
苛立ちのあまりバシッと奴の頭をひっぱたいてみたが、脳みそがバグっているのか一向に離れる気配がなかった。
馬鹿じゃないの? 俺はパーカーのフードを直しながら、観客席を見上げて言い放った。
「随分と熱烈な歓迎有り難う。で、アンタら誰? 何用?」
「ちょっと、口に気を付けな。ここに居るのはドラコの部隊員エレン様端なんだから!」
犬ならチワワかトイプードル、猫ならマンチカンかミヌエットといったところか。
とにかく無駄に可愛らしい顔をしたキャストが、ニャンニャンキャンキャンと俺に向かって吠え散らかしてくる。
「エレン様ぁ~? 知らん」
「はあ!? しんっじらんない!!」
「コイツ馬鹿にしてんの!?」
「舐めてんじゃねーよ!!」
あ、こいつら魔人ハーフのキャストだ、と察しの悪い俺でも流石に気付いた。
何故なら、人間を見下すその傲慢な態度が物凄いからだ。
確かに、人間のオメガもかなり可愛いが、ハーフのオメガとなるとそれ以上に左右対称で整った容姿をしている。
が、それもこんなに醜悪な嫉妬と侮蔑の表情にまみれたら台無しだった。
「まあ待て。さてスカーフェイス、君をここに呼んだのは他でもない。興味があったからだ。図体のでかい醜い傷だらけのオメガとやらがどんなものか──まあ、その様子だと、とても可憐純真なオメガには見えないが」
エレン様とやらがそう云えば、周りの連中が呼応するように嘲笑の嵐が巻き起こった。
「お前ら! コイツ、痛めつけちゃってよ!」
どこの戦隊ものの女悪役の台詞だよ、なんて内心で呆れていると、キャストに命令されて側に控えていた隊服姿の候補生たちの数名が鋭く動いた。
こいつらは人間のアルファだ。エレン様とやらの本物の魔人達は、高みの見物を決め込んで一切動かない。
一瞬の緊張。とんと気迫と殺気を孕んだ訓練生たちが一斉に襲い掛かって来る──。
畑頼は早々にリンチにされて端っこで伸びていた。もうホント駄目な子ッ。
だが、地下闘技場の無敗の王者を舐めてもらっては困る。
俺は突っ込んできた先頭の顔面に、とん、と軽やかに飛び乗り、足場にするようにして宙返りを決めた。
こいつらを倒すのは至極簡単だった。何しろ喧嘩慣れはしていても所詮は素人。なので向かってくる拳や蹴りを躱し続けるだけで相手は息を切らし疲れ果てていた。
相手の腕を掴んで引っ張り何度も顔面に掌低を当ててからブォン、と腕を掴んだまま空を飛んで身体を捻り回転させながらの蹴りをお見舞いしてやる。
おまけに腕や足を軽く折ってやればもう誰も歯向かっては来なかった。
その様子を特等席から窺っていたエレン様とやらが「縛鎖!」と叫んだ途端、俺の身体は固まってしまった。
「よくも舐めた真似してくれたな、このブス!」
「ブス~~? 誰のことぉ~~?」
「お前だよお前! すっとぼけて辺り見てんじゃねえ! それでもって寄り目でこっち見んな! 舐めてんのかぁ!!」
鼓膜が破れそうな大声で恫喝してくる奴らを、俺は床に這いつくばったまま改めて観察した。
どこの高貴な野良犬かは知らないが、カッチリした高級な隊服を着用していながらも、着崩し方にはガラの悪さが存分に主張されている。
アルファ特有の整った顔が、今は醜悪な嗜虐欲でグニャリと歪み、ゴミ虫でも見るかのようにこちらを疎まし気に睥睨(へいげい)していた。
「へへ……さっきはよくもやってくれたな……」
「でもちゃんと骨が綺麗に繋がるように、お医者さんが治しやすい親切設計で折ったよ?」
俺はきょとん? とした顔で純粋かつつぶらな瞳でそう答えた。
「そういう問題じゃねぇんだよ!!」
「すこ~し、痛い目見ないと自分の立場が分からねぇみたいだなぁ?」
なんだこいつら~。
面倒臭ぁい! と、渋柿を丸ごとドブ水と一緒に食わされたみたいな顔で訓練生たちを見ていたら、ずい、と前に出てきたのは一際ガタイの良い、一番体格の勝る男だった。
流石はアルファなだけあって、腕力と生来の肉格には絶対の自信がある、ということだろうか。
なるほど、この知的レベルの低そうなグループにおける「脳筋枠」はコイツか、と流石の俺も理解する。
男は拳をガチガチに握り締め、歯を剥き出して凶悪に笑うと、ポキリ、ポキリと指の骨を景気よく鳴らしてみせた。見せ付ける様なクラッキング。威嚇のつもりだろう。可愛いね。
だが、エレンの放った不条理ルール魔法『縛鎖』の見えない糸は、容赦なく俺の身体を縛り続けている。
自由を奪われた俺のボディは、ただの巨大なサンドバッグだった。
ドスッ!!! 容赦のない拳が何度も顔面にめり込み、続いて重たい腹蹴りをモロに喰らって、俺の身体は床の上を無様に転がった。
さっきの圧倒的優勢から劣勢への大逆転。
ボッコボコにされ血を吐き散らしながら転がる感覚のなかで、どこへ続くとも分からない、俺のいい加減な人生の糸がプツリと切れる音がした。
◆
──真っ暗な闇に、深く堕ちていく。
「ふ──……」
気付けば、何処からか無意識に深い溜め息が漏れていた。それが自分から漏れたものだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
暗闇の底からどうにか意識を浮上させると、そこはまだ最悪の闘技場(檻)の真ん中だった。
(やっぱりあの時帰って……帰り道で何か美味しいスイーツ買って、高円寺のアパートで毛玉と寝転がってテレビ観ながら食べてれば良かったかなぁ~……)
口内でへし折れた奥歯が、ぬるりとした舌の上を転がる。血が粘着質な唾液と混ざり合ってベタベタして気持ちが悪い。
俺はそれをペッとコンクリートの床に吐き捨てた。抵抗できない俺の身体は、そのまま乱暴に鉄製のパイプ椅子に押し付けられ、ガチガチに縛りつけられた。
それを合図にするように、再び暴力の嵐が四方八方から降って沸いてくる。殴打されるたびに後頭部がじくじくと熱く痛み、じわあ、と生温かい何かが首筋を垂れていく。
ダラダラと溢れ出た鼻血が、顎を伝って新品のジーンズに黒っぽい染みを作った。
お気に入りの服だったのになぁ。
理由はどうあれ、人間どうせいつかは死ぬのだ。
それが、たまたま今日だった……それだけのこと。
だけど、やっぱり理不尽だと思った。俺の生殺与奪の権利を、こんな頭の悪そうな、香水くさいガキどもに握られているのが、どうしようもなく理不尽に感じる。
脳筋の候補生が、俺の髪の毛をグイと掴んで顔を至近距離で覗き込んできた。
「ここには随分と世話になったんだろ? だったら、ちゃんと別れの礼はしたのかよ? お前をここで綺麗に解体(バラ)して、記念品として地下闘技場に飾っておけば、面白い恩返しになるんじゃないか? ──なぁ、スカーフェイス」
「…………はあ?」
意味が分からなくて、俺の脳味噌の中で緊急会議を行っていた役員たちが、一斉に机を叩いてキレ散らかしていた。
『解体して恩返し? 意味不明、却下!』
『さんざ人の人生をオモチャにして搾取してくれた奴らに、なんでこっちが律儀に礼をしなければならないのだ! 狂ってやがる!』
『というか、たかだかオメガ一匹をバラすために、なんでこんなに大勢でよって集かってんだよ?』
『馬鹿じゃないのか? いや馬鹿なんだよ、きっと遺伝子レベルで救いようのないアホなんだ』
『じゃあ、その大馬鹿どもに体よく縛られて、フルボッコにされている目の前のコイツは何だ!?』
『コイツも大馬鹿なのさ! この部屋は馬鹿ばっかりだ! 解散解散!』
脳内は大荒れだった。おまけにキーンという耳鳴りが酷い。
役員たちが俺の脳味噌をハリセンでバシバシとしばき回すので、どうにも頭痛が酷くてやっていられなかった。
我慢して耐えて、やられたい放題の肉壁に徹していたせいで、全身を駆け巡る激痛を堪えるだけで、今の俺は正直必死だったのだ。
「聞いた話じゃ、お前キャストになったばっかりなんだってな? 残念だったな、自慢の身体で金持ちの魔人をハメて、玉の輿に乗れなくてよぉ!」
「安心しろよ。すぐに細かく切り刻んで、楽にしてやるからよ……」
人間の訓練生やキャストたちは顔を歪めて、ねっとりとした歪んだ笑みを浮かべる。
観客席の上にいる魔人、エレンたちは、椅子の背もたれに身を預け、愉快そうに肩を揺らしてクスクスと嗤っていた。
(あ~~、メンドクセェなぁ……。別に玉の輿なんてこれっぽっちも興味無いし。俺はただ、美味しいご飯をいっぱい食べて、暖かい家があって、気持ちいいセックスがしたいだけで……)
それが、生物としてごく全うで、幸せな能動的快楽の享受というものだろう。
それなのに。候補生たちは、どこからか引っ張り出してきた錆び付いた拷問用のメスやプライヤーをそれぞれ手に持って、退屈しのぎの手遊びでもするように、それらを冷たくカチャカチャと弄び始めた。
(あ~あ……。こんな理不尽なクソゲームでバラされるくらいなら、誰でも良いから、昨日までに思いっきりセックスしとけば良かったなぁ……)
パイプ椅子に縛り付けられた間抜けな俺の脳内は、こんな時でさえ、何処までもお花畑だった。
「おっと。そいつぁ出来ない相談だねぇ~」
「──!? お前……!!」
突如として降臨した圧倒的な魔力の威圧感に、拷問器具を弄んでいた訓練生たちの動きが完全に凍った。
エレンと呼ばれた魔人のリーダー格が、不快感を隠そうともせずに疎まし気に毒を吐く。
不意に、俺の背後から濃厚なフェロモンが鼻腔を突き刺した。嗅いだことのある匂い、そして聞き覚えのある声。
深夜の高円寺の空き部屋で俺を強制ヒートに追い込んだ、あのミリタリーキャップの魔人──ナハトだ。
不意に、俺を緊縛していたエレンの不条理ルール『縛鎖』の見えない糸を、ブチブチと音を立てて強制的にねじ切った。
「あ~あ。か弱いオメガにこんなことしちゃって……お前達が毎回こんな下らない夜会なんて開くから見回りを任されて折格の休みも潰されて迷惑してるんだ。いい加減にしろよ」
ナハトは獣の頭蓋の奥から、呆れた様な声を漏らす。その登場に、観客席の周りのキャストたちが目の色を変えて「きゃあきゃあ!」と黄色い歓声を上げ始めた。
それが皮肉にも、エレンの苛立ちをさらに加速させているのが見てとれた。
「……そいつはか弱いとは無縁のスカーフェイスだ。そんな出来損ない、オメガじゃない」
エレンが冷酷に言い放つが、ナハトは軽く首を振った。
「へぇ~。エレン様はそうお思いで。でも分かんないぜ? もしかして特別なオメガかもなぁ~」
「──!! 特別なオメガは奏だけだ!!」
今まで淡々として冷静だったエレンが、その特別なオメガの奏君とやらの名を持ち出して、見たこともないほど語気を荒げた。
その剣幕に、周囲の魔人もキャストたちも驚いて息を呑む。奏と云う存在を守ろうとするエレンのドロドロとした精神の落差が檻の中に充満していく。
「運命の番──ね……」
ナハトが小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「はいはい。このオメガは俺が貰うから、お前らどっか行ってくんねぇ? それとも──」
ナハトが冷たく言い終わらないうちに、その凄まじいアルファの威圧感に気圧された候補生たちが、我先にと悲鳴を上げて逃げて行った。
残された魔人たちも、エレンの様子を窺うようにしてそわそわと足元を揺らしている。
「──ッ、ふん。好きにしろ!」
エレンは盛大に舌打ちをしながら、こちらに背を向けて暗闇へと姿を消した。それに付いて行くようにして、慌てた魔人たちとキャストたちも、蜘蛛の子を散らすように姿を眩ました。
静まり返った闘技場の真ん中で、パイプ椅子の拘束から解放された俺の身体が、床にドスッとへたり込む。
「アンタ、大丈夫? 随分やられたみたいだけど──うぉッ」
ナハトが覗き込んできた瞬間、俺の目から熱い涙がボロボロと溢れ出た。
全身の激痛と、ナハトが放つ濃縮されたアルファフェロモンのせいで、俺の精神と肉体が急速に狂い始めていた。
「う゛~~~~、痛いぃぃい~~~~!!」
「おいおい、泣くなよ……。参ったな……」
「おなか、 きゅう~って、むり……くるしい、あついぃ……」
大きな図体を猫のように丸め、俺は床に身体を擦り付けながら悶絶した。
お腹の奥のほうが信じられない熱さでキュウキュウと鳴り響き、頭が強制的にとろけていく。
「え、もしかして……ヒート?」
ナハトが驚きと狼狽え、それ以上の凄まじい歓喜に飢えた声を漏らした、まさにその時だった。
闘技場のスピーカーから、脳を直接破壊するようなけたたましいサイレンが鳴り響いた。
『──堕竜警報、堕竜警報。渋谷セクターおよび六本木地下特区周辺に、堕竜の出現を検知しました。特務機関エンブリオ、およびコル・ドラコ各部隊員は直ちに作戦行動を開始。周辺住民は速やかに隔離結界内へ──』
「あ~~。こんな時に……チッ」
ナハトは忌々しそうに吐き捨てた。コル・ドラコの隊員ドラゴンとしての使命が、彼に強制的な出撃を求めているのだ。
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