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5アノマレコード:001-A(新宿特区因果災害記録/中古の軽トラの新境地②

『──ガ、オ、オオオオオオッ!!』  自由を取り戻した煌めく黒い竜──アン・クルダのオッドアイが、ゲロを吐き散らしながら自分を救った、人間のガキを明確に捉えた。  冷酷な戦闘狂としての脳髄に、太く、黒く、狂おしいほどの「執着バグ(ラット化)」の電気信号が極太に焼き付けられる。  モザイクの母による魂への束縛が、そのゲロまみれの自己犠牲によって完全に破壊されたのだ。  運命の番などどうでもいい、この男(オメガ)を毟り取る、その執着のバグだけがナハトの理性を狂わせる。  アン・クルダは怒号とともに、今度は何の反転も起きない最大質量の物理攻撃を堕竜へと叩き込んだ。  漆黒の爪が音速を超えて空間ごと肉塊を切り裂く。  ドゴォオオオオン!! とビル圧壊の時間差の衝撃音が響き、アスファルトが深く陥没した。  正体を暴かれた堕竜の肉塊の塔は、アン・クルダの巨躯によって容赦なく圧殺され、ミンチとなって、アン・クルダの漆黒の体躯から舞う黒く輝く鱗粉の闇に喰われ完全に消滅した。  直後に発動するのが、【記録再生魔法:街と人間の再生】である。  終末論的演出と共に、ビデオの逆再生のように、崩壊したビルがスルスルと元通りに立ち上がり、道路にこびりついた黄色い脂肪も、ドロドロの肉片も、直忠が盛大にぶちまけたゲロも、一瞬で綺麗さっぱりに消え去った(完全ロールバック)。 「……う、喉の奥が鉄錆びの味と酸っぱのコラボレーション……」  衣服も肉体も無傷で、何事もなかったかのように地上へと戻った直忠は、ひどく間の抜けたアホ面を晒していた。 精神・疲労ダメージのみが累積する過酷な罰則。  彼はぜえぜえと虫の息で激しい頭痛と吐き気に悩まされながら、ふ──と息をつくと、周囲の視線も気にせず、コンクリートの地面にへたりこんだ。  その無防備でズレきった姿を見下ろしながら、ナハトの脳内では、世界の終わりよりも激しい執着の嵐が吹き荒れ始めていた。一瞬の瞳孔収縮、それが狂乱の始まりだった。 「アノマレコード、ログクローズ。……ターゲットの完全消滅を確認」 「街の被害、ゼロ。被験体のバイタル、正常値へ復帰」  宗像は気怠い眼差しのまま、ふぅ、と愛用のタバコの煙を吐き出した。  その手元の端末には、ただ一人の少年のバグデータが、冷徹に刻まれ続けていた。 ◆  それから目まぐるしく月日は流れ、新宿のゲロと脂肪にまみれた大怪獣戦争から半月が経とうとしていた。  あともうちょっとで5月に入る訳で。  休日。俺は高円寺の九龍城オンボロアパート、6畳一間の自室でのんびりと過ごしていたら、安物のブザーのようなインターホンが鳴った。 「はい、はいっと……」  ドアを開けると、生気のない目をした配達員が立っていた。  名前と住所の確認を行い、プラスチックのバインダーにサインをしてから封書を受け取った。  えらく仰々しい、血と硝煙の匂いがしそうな無機質な銀の封書に、なんだこれは? と、俺はダチョウ並みの脳みその上に疑問符を浮かべながら中書を確認する。 「ファタモルガナの寄宿舎へ期間限定で異動──?」  そのタイミングで、タイミング良くスマホがけたたましく鳴り響いた。画面にはイシュタルのお上司、宗像のおっちゃんからの呼び出しだ。 「──はぁ~い。貴方のアイドル宗像だよ☆」  スピーカーから漏れ出してきたのは、脳味噌が半分溶けたドブネズミのような、軽薄極まりないおっちゃんの声だった。 「今頃通知がお前さんの手元に届いてると思うけど、特務機関エンブリオ東京支部からの命令でお前さんには一時的にファタモルガナのオメガ寄宿舎に入って貰うことになった。安心しろ。ちゃんと高円寺のボロアパートには返してやるから。云っとくけどこれ、身から出た錆だかんな? お前、リモート授業だけでず~っと出席してないだろ?  それ、こっちのオメガ管理記録に残ってンだわ。正式なキャスト配属もまだ、上位アルファとの番契約も成立していない裏方奴隷なんだから、出会いの場でもあるモルガナを引きこもって出席拒否するならそれなりの対価を払わないとね~。おじさんも辛いけど、直忠たんも頑張ってコネか何か作って高円寺のボロアパートに帰ってこようね。どうせイシュタルだと裏方だから出会いほぼ無いし。あ、届いた封書に書かれてると思うけど出発は3日後だかんな。バスが渋谷の区役所前に迎えに来るから遅刻しないようにしろよ──」  それからブツッと通話は切れた。  俺は携帯を耳から離し、間抜けな顔で呟いた。 「全くあのおっちゃん。高円寺のボロアパート、高円寺のボロアパートってうるっせーな……。お役所ってのは本当に余計なお節介ばかりしやがる」 ◆  それから出発の日当日。春の陽気に照らされて、大都会の汚いスモッグの合間に、まだギリギリ可愛い梅の花や桜が可憐に咲き誇っている。  それがかえって、処刑台へ向かうような不条理さを引き立てていた。  着替え等の荷物をボストンバッグに詰め込み、書かれていた通りにバスの来る停留所まで、なぜかいつものブレーメン音楽隊仲間である三毛猫、白犬、黒鶏を合わせた「4人」で向かった。ロバは俺だ。 「だけどさぁ、なんで僕達が選ばれたんだろうね~?」  白犬斗真が、のんびりとした声を出しながら首を傾げる。 「知んねぇ。基本的に無作為なんだろ? これ」  黒鶏武臣が、欠伸をしながら適当に答える。 「聞いた話だとな。でも、魔力すら持ってねぇ俺たち【人間のキャスト】まで、あの特権階級の【ハーフのオメガ】どもと一括で強制招集ってのは、出来過ぎな気がするけどな。なぁ、直忠?」  三毛猫慶太が鋭い目で俺を睨むが、当の俺は、刈り上げポニテを春風に揺らしながら、口を半分開けて歩いていた。 「ふァ~~、眠いぃ~~……おピンクな夢の続きが見たいぜ……」 「お前は寝過ぎなんだよっ!」 苛立たしげに三毛猫に背中をパァン!! と凄まじい音を立てて叩かれ、俺の身体が前のめりになる。 「暴力反対ぃ~~、内臓が口から出るぅ~~」 「うるさい! 文句あるならシャキッとしてからにしろ!」  などと三毛猫にドス声でどやされていたら、停留所である渋谷区役所の無機質な建物の前に、まるで黒塗りの霊柩車のような、窓にスモークの貼られた特務機関『エンブリオ』の大型バスがやって来た。  ハザードランプが点滅するたび、周囲の通行人が不気味なものを見る目で避けていく。  4人は無言で乗り込み、一番奥の窓際の席に座った。  並んで左から、三毛猫、白犬、黒鶏の順。俺は物珍しいものを見るかのように、バス車内を見渡した。 「おい、直忠。お前、これから行くファタモルガナの『二大階級』の話、ちゃんと頭に入ってんのか?」  隣で三毛猫が、ナイフのように尖った声で囁いてきた。 「あ? なんだよ。高級なパイナップルの缶詰の仕分け作業でもあるのか?」 「相変わらずダチョウ並みの脳みそだな、中古の軽トラめ。……いいか、あそこにはな、黄金の名を持つ【ノーブルドール組】と、白銀の名を持つ【ノーブルダルジャン組】ってのがいるんだよ。特にドール組の奴らは、モルガナのアイドルってところだな。コル・ドラコ部隊長ってのもあるが。普段からきらびやかな隊服を着て、オメガどもから嬌声浴びまくってイキり散らしている表の支配者って訳」 「へぇ、黄金ねぇ。面白そうな匂いがしそうじゃん。いじめられるなら気持ちいい方がいいな~」  俺が窓の外に視線を移しながら適当に相づちをうつと、三毛猫はさらに声を潜め、コンクリートのように冷たい目で続けた。 「で、正体不明というか掴み所がないのが普段は目立とうとせず影に潜んでる【ノーブルダルジャン(白銀)組】だ。ま、俺達がお目にかかれるかどうかは保証出来ないが」 「ふーん……なんかそっちも楽しそうじゃん」  俺はなんとも間抜けな返事と共に欠伸を噛み殺したのだった。

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